多面体学習支援システムの開発

丸山 有紀子, 細矢 治夫


Return

1 研究の背景と目的

多面体、特に高い対称性をもつ正多面体や準正多面体は、古くから多くの人々の興味を引き付け研究の対象となってきた[1 - 6]。自然を認識する際の最も基本的な概念は、数、大きさ、形、時間である[7]と言われているように、正多面体や準正多面体は、分子や結晶の立体構造、生物の形態など自然界に多く見られ、自然界を理解するためには非常に有効な手段である。また、建物、デザインなど人工物にも正多面体、準正多面体は多く見られ、建築工学、美学などを学ぶためにも基礎となる重要な概念を含んでいる。
しかし、小・中・高等学校の教育において多面体はほとんど取り上げられていない。多面体が取り上げられていない理由としては、教科書に描かれた図だけではイメージがつかみにくく、頭の中で立体図形を操作することが困難であること。また、実際の模型を利用した場合でも、構造が複雑な模型では、その組み立てや分解などに時間や手間がかかり充分な理解が得られないことがある。
一方、コンピュータグラフィックスの利点は、記憶、再生、コマ送り、重ね合せ、拡大縮小や回転が容易に行えることである。学習者は、多面体に対する操作を段階的に追跡し、繰り返すことにより図形の構造と図形同士の関係を正しく認識し、場合によっては新しい発見をすることができる。こうして、実際の多面体のイメージを頭の中で精密に描くことができるようになる。このように多面体の学習において、コンピュータの利用は非常に有効である。
現在、コンピュータネットワークの発達により、インターネットのさまざまな技術が教育に利用されている[8]。なかでも、World Wide Web(WWW)は、教材のマルチメディア化および管理・利用の容易さ、教材に対するインタラクティブな操作など教育利用に有効な技術である。本研究では、WWW上で小・中学生や高校生だけでなく大学生や教師および研究者が利用できる多面体の学習支援システムの開発を行った。

2 空間図形の学習とコンピュータ

現在、学校教育の中で多面体は空間図形の学習でごくわずかしか扱われていない。そこで、空間図形の学習とコンピュータの利用について概観する。
コンピュータ上で3次元関数や多面体を表示するソフトとして数式処理ソフトMathematica[9]があげられる。Mathematicaで多面体を表示するためには、種々のコマンドの入力等のソフトウェア操作を学習しなければならない。さらに、Mathematicaで表示される多面体は静的なものであり、教科書などに描かれた図を利用するのと比較した場合、それほどの有効性は見られない。
LiveGraphics3D[10]は、前述のMathematicaで作成した図形をWebページに表示し、回転や拡大・縮小が行えるようにするためのアプレットである。LiveGraphics3Dを利用した授業の実践例も報告されている[11]。このなかで、LiveGraphics3Dを利用することにより図形を様々な角度で眺められ座標感覚を養うのに効果があったという報告があり、空間図形を学習する際にコンピュータの利用が有効であることが示唆されている。しかし、LiveGraphics3Dを利用する場合、座標値の入力が必要となり、その際のコンピュータでの入力操作の問題点が指摘されている。空間座標のとり方にも問題があり、多面体や空間座標を理解していない初学者には向いていない。
立体図形の学習支援を目的として開発されたシステムとして、Virtual Solid[12]がある。このソフトは、スタンドアロンのMS-Windowsマシンで稼動し、主な機能として、多面体の展開と切断機能が実装されている。同じく立体図形の切断を、Webページ上で学習できるシステムも研究されている[13]。また、数学の学習全般を扱った楽能数学[14]では、立体図形の切断および展開の機能に加え平面図形を動かし立体図形を作成する機能が実装されている。これら立体図形の学習支援を目的としたシステムは、数学教育での利用を前提としており、機能が限定されている。
多面体は数学のみならず、他の多くの分野での学習の基礎となる概念である。従って数学のみに限定せず他の分野との関わりを考慮したシステムの開発が必要である。また、システムが学校の授業だけでなく自宅などさまざまな環境で利用可能であれば、学習の内容も広がることが期待できる。

3 システムの設計

以上の問題点を解決するような多面体学習支援システムの開発指針を次のようにまとめた。
  1. 容易な操作
    多面体の表示および表示された多面体に対する操作が、特別なコマンドを用いることなくマウスを用いて容易にできること。多面体に関する知識をほとんど持たないユーザにも利用可能なこと。
  2. 数学以外の分野での利用
    数学教育のみならず、広く自然科学の基礎概念の学習にも利用可能なシステムであること。
  3. WWWでの利用
    WWW上で動作することにより、学校の中だけに限らず自宅からも同じシステムが利用可能なこと。また、表示する多面体のデータおよびシステムのプログラムなどの教材管理が容易であること。
以上の開発指針をもとに本システムの仕様および開発言語を決定した。

3. 1 仕様

まず、本システムで取り上げる多面体は基本的な図形であること、自然界で多く見られること、他の多面体の構成要素となることなどを条件に決定した。本システムの機能としては、多面体の基本概念を学習できること、科学において重要な対称性の概念を把握できること、空間感覚が養えることを目指した。

3. 1. 1 表示する多面体の種類

  1. 正多面体
    まず、基本的な空間図形である正多面体をとりあげる。正多面体は、自然界でも多くみられ、他の分野の学習にも有効である。また、対称性も高く対称性の概念の把握には有効である。
  2. 準正多面体
    準正多面体は、正多面体と同様に空間図形の中では基本的な図形であり、非常に重要な図形である。正多面体との関係や多面体の対称性を正しく理解するためにも、準正多面体は重要な役割を果たす。
  3. 菱形多面体
    菱形多面体は、正多面体から生成することができ、対称性の高い図形である。また、菱形六面体や菱形十二面体はそれだけで空間を埋め尽くすことができるので、空間の感覚を養うには有効な図形である。
  4. ザルガラー多面体[15]
    ザルガラ―多面体とは、すべての面が正多角形である凸多面体のことであり、整面凸多面体と称することもある[16]。正多面体、準正多面体もザルガラー多面体に含まれ、それ以外に92種類存在する。ザルガラー多面体は、分解可能ザルガラー多面体と分解不可能ザルガラー多面体に分類できる。前者はすべて後者を組み合わせて作ることができ、立体図形の基本構成要素と考えられる。分解不可能ザルガラー多面体は28種類あり、そこから正多面体と準正多面体を除くと17種類となる。
上記の多面体を特別なコマンドを使用せず容易に表示できること。また、表示する際には最低限のデータのみで表示できるようにする。

3. 1. 2 機能

  1. 回転、移動、拡大・縮小
    これらの機能は、多面体の形状を把握し基本性質を理解するため、また空間感覚を養うために必須である。
  2. 色の変更
    多面体を構成する頂点、辺および面の数や関係などの特徴をより際立たせるために、多面体の各部分の色を変更し特徴付けることは有効である。
  3. 面を半透明にする
    面を半透明にして多面体を見ることにより多面体の面の位置関係を確認できる。また、任意の位置で多面体を切断したときの切断面を表示することもできる。
  4. 切断
    現在の段階では、面による切断機能しか備えていないが、それでも実際の切断面を表示することによって他の図形との関係を理解するのに極めて有効である。
  5. 複数の多面体の表示
    双対や切り出し(角切り、辺心切り等)の関係など多面体同士の関係を把握するために、また多面体による空間充填等の空間感覚を養うために有効である。
  6. 多面体以外の幾何学的図形の表示
    多面体以外の幾何学的図形としては、点、線分、平面が必要になる。

3. 1. 3 多面体に関する情報の表示

多面体についての直感的な見方や考え方を確認し理解を更に深めるために、各多面体の特徴を文章で表示する。また、多面体の構造を理論的に考察する基礎を培うだけでなく、発展的な考察や研究を行うことができるように、数値データとして座標値とグラフ理論的特性量を表示できるようにする。

3. 2 開発言語

システムの開発言語としてはJavaを利用する。Javaアプレットは、ネットワーク上の様々なプラットフォームで動作し、簡単で対話的な操作が行なえる。
また、Java3Dが利用できるので3次元イメージの描画が容易であり、描画した3次元図形をマウスなどで操作できるなどの利点がある。

4 システムの実装

4. 1 構成

本システムは、多面体のデータファイルとプログラムからなる。

4. 1. 1 データファイル

本システムでは、データファイルとして各多面体に3種類のファイル、即ち頂点座標ファイル、特性量ファイル、特徴ファイルを使用している。頂点座標ファイルがあれば、多面体のイメージを表示することが可能である。頂点座標ファイルには、頂点の数、各頂点の次数、隣接する頂点の番号、座標値が入力されている。隣接する頂点の番号は、それぞれの頂点に隣接する頂点のうちいちばん小さな番号の頂点から始めて、多面体の外側から見て反時計回りになるように並べてある。特性量ファイルには、非隣接数とトポロジカルインデックス(Z)[17]が入力されている。また、特徴ファイルには、多面体に関する説明の文が入力されている。


Figure 1. 正四面体の頂点座標ファイル

4. 2 ユーザインタフェース

Figure 2にシステムの実行画面を示す。操作は全てマウスで行える。システムのインタフェースは、ユーザの入力を制御する操作パネル部と表示部に分かれている。表示部のタブをクリックすることにより、表示内容を変更することができる。表示内容は、多面体のイメージ、表示されている多面体の座標値、グラフ理論的特性量と多面体の特徴、多面体に関する説明である。操作パネル部には、表示する多面体を選択するボタンと多面体を操作するためのボタンが表示されている。マウスのポインタを操作ボタンに重ねると、それぞれの機能の簡単な説明が表示される。各ボタンの説明をTable 1に示す。


Figure 2. システムの実行画面

Table 1. 操作ボタンによる機能

4. 3 機能

  1. 多面体の表示
    操作パネルのボタンをクリックし表示されるリストより多面体の名前を選択するだけで多面体を表示できる。現在表示できる多面体は、正多面体5種類、準正多面体14種類、菱形多面体2種類、分解不可能ザルガラ―多面体17種類、合計38種類である。また、複数の多面体を同一画面上に表示することが可能である。
  2. 多面体に対する操作
    表示された多面体は、マウスのドラッグ操作により、回転・移動・拡大・縮小が行える。その他の操作は、操作パネルのボタンをクリックしおこなう。機能によって、多面体の頂点、辺および面を選択する必要がある場合は、各部分をマウスでクリックし選択する。操作ボタンによる機能はTable 1に示す通りである。

5 実行例

本システムの実行例を以下に示す。

5. 1 多面体の理解

Figure 3は、面を色分けした切頭二十面体である。最初、切頭二十面体は全ての面が黄色で表示されている。その後、正五角形の面を一つずつマウスでクリックし選択し、面の色を赤く変更した。その際、選択した面を数え上げていくことにより、正確に面を数えることができる。また、正五角形の周りに5枚の正六角形が並んでいる様子もわかり易く表示されており、各面の配置を確認することもできる。さらに、Figure 4に示すように多面体の各面を半透明で表示することにより、切頭二十面体の一つの正五角形と反対側にある正五角形の関係を認識することができる。また、容易に元の状態に戻すことができ、同じ操作を繰り返し行うことも可能である。多面体の面の数および配置は、その多面体を特徴づける重要な性質であるが、図や模型では、隠れた面を数え落としたり関係を把握するのは困難である。しかし、このようなコンピュータの利用により同じ操作を容易に繰り返すことが可能となる。
Figure 5では、立方体に断面を追加して表示した。断面が六角形になる様子が表示されている。さらに、操作パネルの分割ボタンをクリックすると多面体が分割され、その面で実際に切断したときに多面体がどのような形になるのかを確認することも可能である。
Figure 6では、正十二面体の対称面を表示している。対称面はマウスの操作により移動および回転が可能である。対称面を任意の位置に移動した後、「対称面の固定」ボタンをクリックすると、多面体の頂点の位置に点が表示される。各点をクリックすると、選択された点より対称面に対して垂直な直線が現れ、選択された頂点と対称な位置にある点が表示される。Figure 7は、正四面体を回転軸の周りに回転させている様子を示している。回転軸の中心は原点に固定されており、マウスの操作により原点を中心に回転させることができる。任意の位置に回転した後「回転軸の固定」ボタンをクリックすると回転軸の色が変化し固定されたことを示す。軸を固定した後、マウスの右ボタンを押して表示された多面体をドラッグすると、Figure 7に示すように重なった多面体のうち一つの多面体のみが回転軸の周りを回転する。ある角度回転した後2つの多面体が再び重なる様子を観察できる。このように、実際の操作を通して対称性を調べることにより多面体をより深く理解することが可能である。


Figure 3. 正五角形に色を塗った切頭二十面体


Figure 4. 面を半透明にした切頭二十面体


Figure 5. 正六面体の断面図


Figure 6. 対称面の表示


Figure 7. 回転軸の表示


Figure 8. 二種類の多面体による空間充填

5. 2 空間と多面体

Figure 8では、複数の多面体を同一画面に表示し空間充填を行っている。黄色で表示された正八面体の周りに正四面体を追加しマウスで移動させ、実際に自分で空間を充填することができる。このような操作により、空間感覚を取得したり、他の多面体との関係を確認することが可能である。

5. 3 結晶構造の学習への応用

Figure 9は、立方体の頂点と辺の中心および面の中心に点を表示したものである。頂点の点を赤、面の中心の点を青、辺の中心の点を白で表示している。このように、それぞれの点を色分けして表示することにより、格子上の各点の間の関係が理解しやすくなる。また、Figure 10のように内部に図形を追加することによりさらに理解が容易になる。化学において、結晶の構造を学習する際に有効である。


Figure 9. 立方格子上の種々の点


Figure 10. 立方体と正八面体の関係

6 まとめと今後の課題

本稿では、Webページ上で利用できる多面体学習支援システムについて述べた。本システムの特徴は、多面体を学習する上で基本となる図形を特別なコマンドを必要とせず表示および操作できることである。学習者は、マウスで多面体をインタラクティブに操作することが可能である。さらに、さまざまな機能により、多面体に慣れ親しみ、それらの数学的性質を理解することができるであろう。今後は、実際にシステムを利用し、システムの有効性の評価および改善を行うことを考えている。また、様々な分野での学習の際の具体的な利用も検討、提案していく予定である。

参考文献

[ 1] 村上一三, 美しい多面体, 明治図書, 東京 (1982).
[ 2] 一松信, 多面体を解く, 東海大学出版会, 東京 (1983).
[ 3] Fejes Toth, L., Regular Figures, Pergamon, Oxford (1964).
[ 4] Wenninger, M.J., Polyhedron Models, Cambridge Univ.Press, London (1971).
[ 5] Willams, R., The Geometrical Foundation of Natural Structure, Dover, New York (1979).
[ 6] H. M. Cundy, A. P. Rollett, Mathematical Models, 3rd Ed., Tarquin, Norfolk (1981).
[ 7] 高木隆司, 形の数理, 朝倉書店, 東京 (1992).
[ 8] 黒瀬能聿, 矢野米雄, 冨田豊, インターネットを利用した3次元CAD学習支援システムの構築, 電子情報通信学会論文誌, Vol.J80-DII,No.4, 933−942 (1997).
[ 9] Wolfram, S., Mathematica, Addison-Wesley, Redwood, California (1988).
[10] http://www.is.informatik.uni-stuttgart.de/~kraus/LiveGraphics3D/index.html
[11] 早苗雅史, 空間図形の導入部におけるコンピュータの利用
http://www.nikonet.or.jp/spring/My3D/My3D.htm
[12] 徳野行太, 立体図形学習支援汎用ソフトウェアの設計とその実現に関する研究, 横浜国立大学教育学研究科数学教育専攻修士論文 (1997).
[13] 永井正洋, インターネットを利用した立体図形の学習, 教育科学/数学教育, 9月号, 16−23 (2000).
[14] 中学数学教育支援ソフト 楽能数学, 株式会社両備システムズ.
[15] 関口次郎, 多面体の数理とグラフィックス ザルガラ-多面体とMathematica, 牧野書店, 東京 (1996).
[16] 小林光夫,鈴木卓治, 正多角形を面にもつすべての凸多面体の頂点座標の計算, 電気通信大学紀要, Vol.5 (No.2), 147-184 (1992).
[17] H. Hosoya, Topological index. a newly proposed quantity characterizing the topological nature of structural isomers of saturated hydrocarbons, Bull. Chem. Soc. Japan, 44, 2332-2339 (1971).


Return