Figure 1-1. Isosurfaces of hydrogen atomic orbitals
Figure 1-2. Isosurfaces of hydrogen atomic orbitals
Figure 2. Cross sections of hydrogen atomic orbitals
実際の問題の例を下記に示す.
問1 | 複数の原子軌道のなかから同じ形のものを選び,一方を他方に重ね合わせるためにはどのような操作をすればよいか答えよ. |
問2 | 原子軌道の画像と数式との対応を問1との関連で答えよ. |
問3 | 原子軌道の節の数と形状を答えよ. |
No. | atomic orbitals | correct answer % | ||
---|---|---|---|---|
still pictures | animated pictures | |||
1 | 2pz, | 2px | 70 | 100 |
2 | 3pz, | 3px | 68 | 100 |
3 | 3dx2-y2, | 3dyz | 57 | 96 |
4 | 4pz, | 4px | 14 | 52 |
5 | 4dx2-y2, | 4dyz | 18 | 45 |
複数の原子軌道のなかから同じ形のものを選び,一方を他方に重ね合わせるためにはどのような操作をすればよいかという問(問1)に対する解答を,静止画,動画の順に述べる.
等値曲面の投影図の静止画(Figures 1-1, 1-2) + 数式 (1)-(19) + 断面図(Figure 2 )の場合
問1は,投影図から頭の中で立体図形を連想し,回転させて重ね合わせを行なうことにより,解答が可能になる.最も正答率の高かったのは 2p 軌道の重ね合わせ (Table 1静止画,No. 1 の 70 %) で,低かったのは 4p 軌道の重ね合わせ(Table 1静止画,No. 4 の 14 %)であった.2p 軌道は,今回質問した原子軌道の中で最も単純な図形で,正の等値曲面1個と負の等値曲面1個の対からなる.したがって投影図から立体図形への連想が容易であるので正答率が比較的良かったと考察できる.3p 軌道の重ね合わせ(Table 1静止画,No. 2 の 68 %)の場合は,2p 軌道と同程度の正答率であった.3p 軌道は,大,小,小,大,の正負の等値曲面2対からなる.1対から2対になったことで正答率はわずかに悪くなった.4p 軌道は,大,中,小,小,中,大,の正負の等値曲面3対からなる.2対から3対になったこと,中心部分の小および中の等値曲面が外側部分の大の等値曲面に遮られて見にくくなっていることから,投影図から立体図形への連想が困難になったので,正答率が低下したと言える.3d 軌道の重ね合わせ(Table 1静止画,No. 3 の 57 %)と 4d 軌道の重ね合わせ(Table 1静止画,No. 5 の 18 %)の場合も,正負の対が2から4に増えたこと,中心部分の小さい等値曲面が外側部分の大きい等値曲面に遮られて見にくくなっていることから,正答率が低下している.これらのことから,静止画では,正負の対が3組以上あり,中心部分に小さい等値曲面があるという条件では,原子軌道の形状の認識が困難であるという結果であった.
等値曲面の対話型動画 + 数式 (1)-(19) + 断面図(Figure 2 )の場合
動画の利用は,静止画の場合と比較して正答率が増加した.特に 2p, 3p, 3d 軌道の重ね合わせ(Table 1動画,No. 1 - No. 3)では正答率ほぼ 100 % であった.これは対話型動画で実際に操作して重ね合わせられることができる利点が反映したものと考察できる.また,4p, 4d 軌道の重ね合わせ(Table 1動画,No. 4, No. 5)では,正答率は静止画より増加したが5割程度にとどまった.このことは今回の動画は静止画よりは役立つが,改良の余地があることを示している.
数式との対応
2p 軌道3種(Figure 1-1 の上段)が同じ形であると認識できてから,数式 (1) - (3) を見比べると,最後の部分 x, y, z 以外は全く同じ数式であることから,この部分 x, y, z が原子軌道の方向を決める働きをしていることが理解できる.すなわち,それぞれの軸に対して円筒対称になっている.3p, 4p 軌道についても同様に画像(Figure 1-1 の中段)と数式 (4) - (6) , ならびに,画像(Figure 1-1 の下段)と数式 (12) - (14) の対応がつけられる.
問2(原子軌道の画像と数式との対応を問1との関連で答えよ)の解答の分析
この問は自由形式で答えさせた.解答した被験者は全体の 1/3 程度であり,一部の数式についてのみの解答が多かった.そのなかで,4p 軌道に関する解答を分析すると,次のような結果を得た.数式 (12) - (14) の最後の項 x, y, z が原子軌道の方向を決めると解答した被験者が,静止画で 21 % ,動画で 32 % であった.ここでも動画の正答率が高かった.
4p 軌道には 2p 軌道には存在しない球形の節を含む複数の節が存在するが,この場合については次に述べる.
No. | atomic orbital | node | correct answer % | |
---|---|---|---|---|
still pictures | animated pictures | |||
1 | 2pz | plane | 38 | 100 |
2 | 3pz | plane | 43 | 100 |
3 | sphere | 30 | 86 | |
4 | 3dx2-y2 | plane | 21 | 100 |
5 | 4pz | plane | 14 | 50 |
6 | sphere | 14 | 50 | |
7 | 4dx2-y2 | plane | 17 | 57 |
8 | sphere | 17 | 54 | |
9 | 4d3z2-r2 | sphere | 0 | 25 |
10 | cone | 0 | 14 |
節とは,原子軌道関数の値が 0 になる点の集合で,原子軌道により,平面,球面,円錐面などの形状になる.主量子数を n とするとき,節の数は n-1 となり,その形の理解は原子軌道が3次元の波動であることと対応して重要である.原子軌道の節の数と形状を答えよという問(問3)に対する解答をTable 2に示す.これを以下のように解析した.
等値曲面の投影図の静止画(Figures 1-1, 1-2) + 数式 (1)-(19) + 断面図(Figure 2 )の場合
正答率は,最も良いもので4割程度であった(Table 2静止画,No. 1 (38 %) - No. 2 (43 %)).曲面状の節の存在には気づくが,原子軌道全体に球面の節があることに気づかない解答が目立った.円錐面の節の存在を解答した被験者はいなかった(Table 2静止画,No. 10 (0 %)).これらのことは,静止画だけで節の存在を理解することが困難であることを示している.
等値曲面の対話型動画 + 数式 (1)-(19) + 断面図(Figure 2 )の場合
正答率が高いもの(Table 2動画,No. 1 - No. 4),半分程度のもの(Table 2動画 No. 5 - No. 8),低いもの(Table 2動画,No. 9, No. 10)に分かれた.これを節の数と形状から分析すると,次のようになった.節の形状が平面や球面で,数が 1(Table 2動画,No. 1)ないし 2(Table 2動画,No. 2 - No. 4)の場合は正答率が高かった.節の形状が平面や球面で,数が 3 の場合(Table 2動画,No. 5 - No. 8)は,正答率が半分程度であった.このことは節の数が 3 を越えると形状の認識がむずかしくなることを示している.平面と球面を比較(Table 2動画,No. 2 - No. 3)すると,平面の方が少し正答率が高いがその差はわずかであった.節の形状が円錐面の場合(Table 2動画,No. 10 )は正答率がきわめて低かった.このことは,円錐面が平面や球面に比較して認識しにくいことを示している.4d3z2-r2 軌道の球状の節(Table 2動画,No. 9 )の正答率が低いのは,円錐面の節の共存のために球面が認識しにくくなっていることを示している.
以下に 4px 軌道,4d3z2-r2 軌道を例にとり,数式 (13) および (15) から節(関数値が 0 となる面)の形状を導き,数式と画像の対応付けをする過程を示す.
数式 (13) はいくつかの項の積で表わされている.すなわち各項のうち,どの1項でも 0 になれば関数値全体も 0 になる.そこで,それぞれの項を見ると第1項と第3項は 0 になる可能性はない.第2項 は 0 になる可能性があるので2次方程式 (20)
を r について解くと,解 (21) が得られる.
概算すると r = 5.53 au , r = 14.47 au となる.このことから,節が半径 5.53 au と 14.47 au の2つの球面であることが示される (1 au = 0.5292A = 52.92 pm) .断面表示(Figure 2)では,左から2列目最下段の図において,これらは暗い2つの同心円で示され,等値曲面表示(Figure 1-1)では,左から1列目上から3段目で示される図において,異なる符号の等値曲面(異なる色で表示)の間に球面状の曲面が存在する可能性があるものとして理解できる.
数式 (13) の第4項から式 (22) が得られる.
このことから残るもう1つの節は YZ 平面であることが示される.Figure 2(左から2列目最下段)では,これは中央にある上下方向の暗い線で示され,Figure 1-1 (左から1列目上から3段目)では,ハッチングをつけた2つの面の中央の面の存在を想像すれば理解できる.
今回の問の中でもっとも正答率が低かったのは,4d3z2-r2 軌道の節の形状についての問(Table 2動画, No. 10 )であった.4d3z2-r2 軌道(Figure 3の右側)では2種類の節(円錐面と球面)が存在しわかりにくいので,節が円錐面のみの 3d3z2-r2 軌道(Figure 3の左側)を先に説明する.
Figure 3. Isosurfaces of 3d3z2-r2 (left) and 4d3z2-r2 (right) hydrogen atomic orbitals
3d3z2-r2 軌道の数式 (7) は 3 個の項に分けられる.この中で第1項と第2項は 0 になる可能性はない.第3項から式 (23) の2次方程式
をたててそこに,式 (24)
を代入にしてqについて解くと
となる.qを概算すると±54.7度である.この解は,節が原点から Z 軸の正方向及び負方向に広がる2つの円錐面であることを示している.
同様にして,4d3z2-r2 軌道の数式 (15) の第4項( 3d3z2-r2 軌道の数式の第3項と同じ)から,節は前項と同じ2つの円錐面であることがわかる.別に,第2項から半径 12 au の球面も節であることが示される.この軌道の節に関する問において,静止画では正答率 0 % であったが,対話型動画の場合は正答率 25 % (球面), および 14 % (円錐面) であった(Table 2動画, No. 9, No. 10).このことは,今回の動画(Figures 1-1, 1-2)では節を明示していないのもかかわらず,動画を操作することにより,節についての理解に達した者がいたことを示している.動画表示は,以前の報告 [8] とは異なり,問2のような数式の理解を問う問題に関しても有効な場合があることが示された.
今回の研究にさいして,御助言をいただいたメディア教育開発センターの菊川健教授および近藤智嗣助手に感謝いたします.