茶カテキン類のC-6位またはC-8位におけるヒドロキシメチル化の反応性を高めるためには?
―C-3位のガレート基導入効果の理論的研究―
田村 克浩, 松本 高利, 長嶋 雲兵
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1 はじめに
近年の住宅の高気密化にともない、家具や建材から放出されるホルムアルデヒドなどのVOC(Volatile Organic Compounds:揮発性有機化合物)によるシックハウス症候群が問題になっている。高垣ら[1]は、ホルムアルデヒドを除去する方法として、従来からフェノール系の木材接着剤として検討されているアルデヒド−ポリフェノール類の反応[2, 3]に注目し、各種植物由来タンニンによる室温でのホルムアルデヒド捕捉能力についてNMRを用いて検討した。その中で緑茶から抽出したカテキンのホルムアルデヒド捕捉能力が非常に高いこと、また緑茶カテキンの中でもC-3位にガレート基を持つ(−)−エピカテキンガレート((-)-ECg)および(−)−エピガロカテキンガレート((-)-EGCg)がホルムアルデヒドとのC-6位またはC-8位における求電子置換反応の高い反応性を持つことを見いだした。現在、ホルムアルデヒドキャッチャー剤として緑茶カテキンと同様に木材接着剤に用いられる尿素を利用したものおよび活性炭の物理吸着能を利用したものが上市されているが、これらは温度が上昇したときにホルムアルデヒドの再放出がかなり見られることやアルデヒドの捕捉能力があまり高くないことから、これらの欠点を有しない緑茶カテキンを利用した吸着剤の製品化が期待されており、建材への塗布方法等の実用化に向けた各種の研究が進められている[4]。
これらの緑茶カテキンの高い捕捉能力はフロログルシノール様の環構造持ち、カテキン骨格のC-3位にガレート基を持つ化学物質に共通する性質であるが、この反応性について分子軌道法などを用いた理論的な検討は行われていない。さらなるアルデヒド捕捉能力の向上のためには、これらの構造に共通する現象を明らかにする必要がある。
従来、ホルムアルデヒドとフェノール類の置換反応はFigure 1に示したように求電子置換反応であることが知られている[5]。本反応は、酸性条件でもアルカリ条件でも進行することが知られている。
Figure 1. Reaction of Phenol with formaldehyde a)in acidic conditions, b)in alkaline conditions
Table 1に高垣ら[1]による茶カテキン類(Figure 2)とホルムアルデヒドとのC-6位またはC-8位における求電子置換反応の反応性を示した。これを見るとガレート基を持つ(-)-ECgと(-)-EGCgの反応性がガレート基を持たない(-)-EC,(-)-ECGに比べ2倍以上高いことがわかる。
Table 1. Reactivity of tea catechins with formaldehyde*
Tea catechins | Reduction rate (%) |
(+)-C | 26.6 |
(-)-EC | 34.2 |
(-)-EGC | 34.6 |
(-)-ECg | 89.4 |
(-)-EGCg | 87.6 |
*Data from literature [1]
本研究では、ガレート基の有無によりホルムアルデヒドとの反応性が大きく異なる5種類のカテキン類((+)−カテキン((+)-C)、(−)−エピカテキン((-)-EC)、(-)-ECg、(−)−エピガロカテキン((-)-EGC)および(-)-EGCg)のC-6位またはC-8位での求電子置換反応の反応性を理論的に明らかにするために、半経験的分子軌道計算を行い、それらの波動関数を解析した。
2 計算方法
計算した茶カテキンの構造式は、Figure 2に示した。半経験的分子軌道計算はCS Chem3D Proに実装されたMOPAC97を用い、パーソナルコンピュータPanasonic CF-M1ER(PentiumIII 500MHz)をもちいて計算を行った。なお、パラメータセットにはAM1を用いて行った。分子構造パラメータはすべて最適化した。
Figure 2. Structures of green tea catechins
Figure 3. HOMO and LUMO energies of tea catechins caluculated by AM1
Figure 4. HOMOs and LUMOs of tea catechins.
3 結果と考察
よく知られている福井のフロンティア軌道理論[6]によれば、茶カテキンとホルムアルデヒドの求電子置換反応は、茶カテキンのHOMOとホルムアルデヒドのLOMOとの相互作用が重要である。茶カテキンのC-6位またはC-8位における求電子置換反応では、茶カテキンのHOMOが不安定化し(軌道エネルギーの増大)、HOMOに属する電子のC-6またはC-8における存在確率が(HOMOの振幅)が大きくなることにより、反応性が増大する。
茶カテキン類の最安定コンホメーションのHOMOおよびLUMOの軌道エネルギーをFigure 3、軌道形状をFigure 4に示した。ガレート基を導入した(-)-ECgおよび(-)-EGCgは他の茶カテキンと比べHOMOのエネルギーはほとんど変わらず、LUMOのエネルギーが低くなっていることがわかる。
Figure 4から、ガレート基を持つ(-)-ECgおよび(-)-EGCgではC-6位、およびC-8位の炭素にHOMO軌道が分布している。これは、C-6位、およびC-8位の炭素上でHOMOに属する電子の存在確率が大きくなり、C-6位またはC-8位での求電子置換反応が他の茶カテキンに比べ直接的に起こりやすいことを示唆している。
ガレート基を導入した(-)-ECgおよび(-)-EGCgのホルムアルデヒドとの反応性が、他の茶カテキンの反応性に比べ2倍以上あることは、HOMOのエネルギーの変化ではなく、HOMOのC-6位、およびC-8位の炭素上での振幅の増加によって定性的に説明される。ホルムアルデヒドとの反応性を向上させるためには、HOMOを不安定化しかつLUMOを安定化するπ電子系の大きな官能基の導入が有効であると示唆される。
また、Fechtalら[2]は、C-6位とC-8位の反応性に大きな差がないことを(+)-CのNMRの解析から報告している。Table 2にカテキン骨格(Figure 2)の炭素上の電荷を示した。(+)-CのC-6とC-8位の電荷がほぼ同等であることは、Fechtalらの結果を裏付ける結果となった。さらに今回計算した他の茶カテキンにおいてもC-6とC-8位の電荷がほぼ同等であるので、C-6位とC-8位の反応性に大きな差がないことが示唆される。
Table 2. Net atomic charges of tea catechins calculated AM1.
Compounds | C-6 | C-8 | C-2' | C-5' | C-6' | C-2'' | C-6'' |
(+)-C | -0.2726 | -0.2760 | -0.1324 | -0.1686 | -0.1080 | --- | --- |
(-)-EC | -0.2711 | -0.2694 | -0.1202 | -0.1753 | -0.0827 | --- | --- |
(-)-EGC | -0.2707 | -0.2691 | -0.1621 | --- | -0.1499 | --- | --- |
(-)-ECg | -0.2723 | -0.2725 | -0.1201 | -0.1756 | -0.0855 | -0.1510 | -0.1040 |
(-)-EGCg | -0.2719 | -0.2720 | -0.1912 | --- | -0.1219 | -0.1571 | -0.1090 |
4 まとめ
5種類の茶カテキンのホルムアルデヒドによる求電子置換の反応性を半経験的分子軌道法(AM1)により検討した。C-3位へのガレート基の導入によって、茶カテキンのHOMOのC-6位とC-8位への局在化が進み、反応性が高くなることが判った。茶カテキンの反応性を高めるためには、反応部位であるC-6位とC-8位での振幅を増大させる大きなπ系を持つ官能基が有効であることが示唆された。
また、茶カテキンのC-8位およびC-6位がB環およびガレート基等の他の部位と比較して優先的に求電子置換されるのは、分子上の負電荷が大きいためであると考えられる。
今後は、茶カテキンの非経験的分子軌道法を用いた計算およびフラボノール、フラボンなどのフラボノイド化合物の計算を行い、ホルムアルデヒドキャッチャー剤としてより反応性の高い物質の探索を行う予定である。
有益な示唆をいただいた三井農林株式会社研究所 深井克彦博士および南條文彦博士に感謝します。この研究を遂行するにあたり多大なご支援をいただいた静岡工業技術センター 小澤勇研究主幹および物質工学工業技術研究所 田辺和俊首席研究官に感謝します。
この研究は中小企業大学校中小企業技術者指導員研修課程の一環として行ったものである。
参考文献
[ 1] A. Takagaki, K. Fukai, F. Nanjo and Y. Hara, J. Wood Sci., in press (2000).
[ 2] M. Fechtal, B. Riedl and L.Calve, Holzforschung, 47, 419 (1993).
[ 3] P. Kiatgrajai, J. D. Wellons, L. Gollob and J. D. White, J. Org. Chem., 47, 2913 (1982).
[ 4] 高垣,深井,南條,原,渡邊,櫻川, 木材学会誌, 46, 231 (2000).
[ 5] 中西,黒野,中平訳, モリソンボイド有機化学 (下), 第4版, 東京化学同人, p.1246.
[ 6] 例えば, 米沢, 永田, 加藤, 今村, 諸熊, 三訂 量子化学入門 上, 化学同人 (1983), 第5章.
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