スペクトル揺らぎを利用したプラスチックの近赤外反射スペクトルの特徴抽出(2)-反射強度が極端に平板な暗色プラスチックの近赤外反射スペクトル-

小野寺 光永, 長嶋 雲兵, 加藤 澄恵, 細矢 治夫, 後藤 成志, 天野 敏男, 田辺 和俊, 上坂 博亨


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1 はじめに

 プラスチックは現代文明に不可欠な材料であり、今後もこの役割が軽減することはない。しかしながら資源の枯渇と環境保護等の理由から、これら工業材料、機能材料、日常生活に必要な製品、とくにポリマー製品のリサイクルは今後の地球規模の課題になっている。特に近年急速に増加しているプラスチック廃棄物は、集積すればゴミでしかないが、分類して同じものを集めることができれば、非常に有効な資源となる。さらに環境汚染防止にたいする社会的要請から、廃棄プラスチックボトルのリサイクルに関心が集まっている。すでに海外ではプラスチックボトルのリサイクルにかかる費用を販売価格に上乗せすることは常識となりつつあり、ごく最近では自動車に使われているプラスチックのリサイクルに関しても同様な動向にある。
 我々は、プラスチックの近赤外反射スペクトルパターンの特徴抽出方法として高速フーリエ変換FFTを用いた1/f揺らぎ解析[1, 2]を用いて、プラスチックを迅速にかつ非破壊的に分類する方法を開発した[3]。
 この方法を用いると18種類のプラスチックのサンプルを高速にかつ実用上十分な精度で分類可能であることが判った。
 しかし、自動車等で多く使われているプラスチックの多くは暗い色に着色されており、その近赤外反射スペクトルは測定領域全体に強度の違いが極端に小さくなり、平板なスペクトルしか得られない。そのため、暗色のプラスチックの近赤外反射スペクトルパターンを人による視覚的方法やニューラルネットワークなどを用いて分類するのは非常に難しい。
 本論文では、我々の方法、すなわちフーリエ変換結果に基づく1/f揺らぎ解析[1, 2]を用いてプラスチックを迅速にかつ非破壊的に分類する方法は、極端に反射強度の違いが小さい平板な近赤外反射スペクトルに対しても適用可能であることを述べる。

2 サンプルの近赤外反射スペクトル

Table 1 サンプルとして用いた黒色プラスチック
ポリマー 略記号名称使用製品
1HIPS:スチロール(HI)耐衝撃性ポリスチレン弱電機器キャビネット,プラモデル
2ABSアクリロニトリル-ブタジエン-スチレン自動車部品, 室内壁材,電気部品
3ASアクリロニトリル-スチレン共重合体ジューサー, バッテリーケース,ペン軸
4PCポリカーボネイト風防硝子、ハッチ、機械部品
5PP:ポリプロピレンポリプロピレン雑貨品, ヘルメット, ワッシャ

本研究で用いた5種類のプラスチックのサンプルとその主な実用的用途をTable 1に示す。これらサンプルのスペクトル[4]をFigure 1からFigure 5に示す。図中の平板なスペクトル(破線で示されているもの)は黒色プラスチックの近赤外スペクトルである。黒色プラスチックの近赤外反射スペクトルの強度が、白色のものと大きく違うことがわかる。細かく見ればHIPSやASでは、白色のもののスペクトルと同じ傾向のスペクトルが得られているが、ASやPC, PPでは、見た限りでは、スペクトルの特徴は何も得られない。Figure 6には、今回用いた黒色プラスチックの近赤外反射スペクトルをまとめた。HIPSとABSは、白色の物のスペクトルが非常に良く似たパターンを示すことを反映し、黒色のもののスペクトルも非常に良く似たパターンが得られている。ところがABSとASの白色のもののスペクトルは、非常に良く似ているが、ASの黒色のスペクトルは極めて平板であり、両者は似ていない。AS, PC, PPのスペクトルは、非常に平板で、それ自体から構造を読み取るのは不可能に近い。今回用いたサンプルのどのプラスチックも、黒い物の近赤外反射スペクトルからの視覚的な分類は非常に難しいということが理解できよう。


Figure 1. サンプルとして用いたHIPSの近赤外スペクトル平板なスペクトルは黒色プラスチックのスペクトルである。


Figure 2. サンプルとして用いたABSの近赤外スペクトル平板なスペクトルは黒色プラスチックのスペクトルである。


Figure 3. サンプルとして用いたASの近赤外スペクトル平板なスペクトルは黒色プラスチックのスペクトルである。


Figure 4. サンプルとして用いたPCの近赤外スペクトル平板なスペクトルは黒色プラスチックのスペクトルである。


Figure 5. サンプルとして用いたPPの近赤外スペクトル平板なスペクトルは黒色プラスチックのスペクトルである。


Figure 6. サンプルとして用いた黒色プラスチックの近赤外反射スペクトル

3 スペクトルの1/f揺らぎ解析によるプラスチックの分類結果

 Figure 7に黒いHIPSの近赤外反射スペクトルを、常法に従ってフーリエ変換することにより求めたパワースペクトルと回帰直線を示した。非常に良く直線回帰がなされていることがわかる。ここにはデータは示さないが、他のプラスチックのパワースペクトルも同様に非常に良く直線回帰がなされる。


Figure 7. 黒いHIPSの近赤外反射スペクトルのパワースペクトルとその直線回帰

Table 2 パワースペクトルの回帰直線の傾きと切片
傾き切片
HIPS-2.156006-2.487772
ABS-2.084649-1.836167
AS-1.950285-3.149488
PC-2.066164-3.340153
PP-1.465007-5.275934

Table 2には5つの黒色プラスチックのサンプルの回帰直線の切片と傾きを示した。これらは、スペクトルの周波数が0以上0.5未満の低波数領域と2.0より大きい高波数領域を除いて(フィルタリングあり)直線回帰した結果である。
 またFigure 8に、これらの回帰直線の傾きと切片をそれぞれx軸y軸としてプロットしたものを示した。


Figure 8. 5種類の黒色プラスチックの近赤外反射スペクトルのゆらぎの回帰直線の傾き(x軸)と切片(y軸)(フィルタリングあり)

 Figure 8をみると、平板な近赤外反射スペクトルを用いても、1/fゆらぎ解析により5つのプラスチックは良く分類されていることがわかる。Figure 8のx軸の目盛が0.2刻みであり、y軸目盛が1刻みであることから、傾きより特に切片の違いが大きいことがわかる。スペクトルの似ているHIPSとABSは近い所に現れている。しかし、両者の切片が異なる。また、ASとPCも近いところに位置しており、PPだけが離れていることがわかる。このように、たとえ非常に平板な近赤外反射スペクトルデータを用いても、各プラスチックに特有なスペクトルの1/fゆらぎが保存されており、回帰直線の傾きと切片の平面で、それぞれのプラスチックが十分分離されることがわかる。
 本結果は、同じ条件で測定された同一ポリマーの6つのデータに対して、同様の結果を与える。もちろん測定条件が大きく異なり、異なったスペクトルが与えられた場合、結果が異なることは自明である。
 この結果からは、回帰直線の切片はプラスチックの反射率を、また傾きはスペクトルパターンを反映していることが示唆されるが、詳細は明らかではない。


Figure 9. 主に自動車部品に利用されている灰色から黒までの7種類のPPの近赤外反射スペクトル

 Figure 9に主に自動車部品に利用されている灰色から黒までの7種類のPPの近赤外反射スペクトルを示した。PP1のグラフが白色のPPの近赤外反射スペクトルである。暗色を加えると非常に近赤外反射スペクトルが平板になることがわかる。これらを1/f揺らぎ解析を行ってそれぞれの回帰直線の傾きと切片を表示するとFigure 10となる。これをみると、Figure 8と同様、x軸の目盛が0.2刻みであり、y軸目盛が1刻みであることから、暗色のPPでは、暗さの度合いにより、傾きよりむしろ切片が大きく異なっていることがわかる。このことからも、切片は物質の反射率を反映していることがうかがえる。
 おおまかであるとはいえ、暗色のプラスチックの平板な近赤外反射スペクトルを用いても、本方法により、簡便にして安価にプラスチック廃棄物等の材料、状態の分類が可能となることが示唆される。


Figure 10. 灰色から黒までの7種類のPPの回帰直線の傾き(x軸)と切片(y軸)

4 まとめと今後の課題

 本研究では、暗色のプラスチックの極めて平板な近赤外反射スペクトルを用いて、そのスペクトルデータをフーリエ変換し対数表示されたパワースペクトルを直線回帰することによって得られた回帰直線の切片と傾きを平面にプロットすることにより、それぞれの材料を分離することを試みた。
 5種類の黒色プラスチックの近赤外反射スペクトルを用いた実験では、適当なベース調整、ノイズ除去を行うことによって、それらが実用上十分に自動的に分類されることがわかった。本方法により、暗色プラスチックの平板な近赤外反射スペクトルを用いても、簡便で安価な分類法の設計が可能なことが示唆された。
 ここで示したパワースペクトルの回帰直線の傾きと切片は、それぞれスペクトルパターンと反射率を反映していることがうかがえるが、より詳細な物理化学的意味の解析は今後の課題である。

 有益な議論をいただいた三菱化学の中村振一郎博士ならびに諌田克哉博士に深く感謝する。

参考文献

[ 1] 武者利光, ゆらぎの世界 -自然界のゆらぎの不思議, 講談社, 東京 (1980).
[ 2] 武者利光, ゆらぎの発想 - 1/fゆらぎの謎に迫る, NHK出版, 東京 (1994).
[ 3] 小野寺 光永 他, スペクトル揺らぎを利用したプラスチックの近赤外反射スペクトルの特徴抽出, J. Chem. Software, 5, 93 (1999).
[ 4] 天野敏男, 私信

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