アルカンの構造異性体の組合せ論的数え上げ
入谷 寛
Return
1 はじめに
この論文の目的は,アルカンの構造異性体の初等的な数え方を提示することである。
現在,化学化合物の異性体数の問題は,グラフ理論によって一般的な解決が試みられており,アルカンの異性体数についてもすでにグラフ理論により解決された問題 (Balaban[1]) である。
グラフ理論では,アルカンの炭素骨格の作るグラフについての性質を利用して,巧妙な方法で異性体数を求め,多項式によってそれを簡潔に表現している。しかし,グラフ理論は群論を用いるので,中学生,高校生には理解が困難である。
しかし,本論文ではグラフ理論ではなく,簡単な組合せの方法を用い,漸化式で異性体数を表現した。この方法は,実際の計算には適さないが,組合せの方法のみで構成されており,誰にでも理解できる。
2 アルカンの中心およびアルキル基の大きさ
アルカンは目印となる官能基や二重結合がないので,数え上げるのは難しい。そこで,アルカンに対して目印となるところを与えるため,アルカンの中心を定める(Figure 1参照)。アルカンの中心(center)とは,アルカンの主鎖の鎖長が偶数の時は,主鎖の中心に位置する炭素-炭素間結合であり,アルカンの主鎖の鎖長が奇数の時は,主鎖の中心に位置する炭素であると定義する([2])。
Figure 1. The determination of the center of alkanes
* shows the center.
ただし,普通1つのアルカンに対して主鎖は複数存在するが,中心は一意的に定まる([3])。
アルカン分子の構造が複雑になればなるほど,主鎖の決定は困難になり,中心の決定も困難になる。実際に中心を求めるに際しては,より構成的な方法が存在するのが望ましい。したがって,中心を求めるためのより構成的な方法を付論において与えた。
中心の概念を用いると,アルカンをその中心に結合した複数個のアルキル基の組として捉えることができる。そこで,アルカンの中心に結合した複数個のアルキル基に課される条件を見いだすことにする。
そのために,アルキル基の「大きさ」という量を導入する。アルキル基の遊離原子価を持つ炭素から始まり,鎖端で終わる一続きの炭素鎖を考える。このような炭素鎖の中で,最も炭素数を多く含む炭素鎖の炭素数をアルキル基の 大きさ (length) と定義する。
ここで,大きさ n のアルキル基内に存在する任意の炭素鎖の鎖長は 2n-1 以下であることに注意しよう。
- アルカンの中心が炭素-炭素間結合の時
単結合がアルカンの主鎖の真ん中にあったことから,中心に結合する2つのアルキル基の大きさは等しい。
逆に,ある炭素-炭素間結合の両端に,同じ大きさnのアルキル基が結合している場合,その結合が,アルカンの中心となる。なぜなら,アルカンの主鎖がその結合を含めば,主鎖として鎖長2nのものをとれるが,主鎖がその結合を含まないとすると,主鎖は,2つのアルキル基のどちらかに完全に含まれることになり,鎖長は 2n-1 以下になるからである。
- アルカンの中心が1つの炭素である時
ここでは,アルキル基の定義を少し拡張して,水素ラジカルもアルキル基の一部と考える。(一般式-CnH2n+1においてn=0を代入した時に相当する。)ただし,水素ラジカルの大きさは 0 とする。そのように考えると,アルカンの中心となる炭素には4つのアルキル基が結合しているといえる。
アルカンの中心に結合する4つのアルキル基のうち,2つはアルカンの主鎖を含んでいる。アルカンの主鎖を含むアルキル基は他のアルキル基より大きさが小さいことはあり得ない。(もし小さければより鎖長の長い主鎖が存在する)また,中心は主鎖の真ん中にあるから,主鎖を含む2つのアルキル基の大きさは等しい。従って,4つのアルキル基のうち,最大の大きさを持つアルキル基が少なくとも2つ以上はあるということがわかる。
逆に,ある炭素に結合する4つのアルキル基のうちで,最大の大きさを持つものが,2つ以上ある時を考えよう。ここで最大の大きさをnとする。アルカンの主鎖がその炭素を含んでいるとすると,鎖長が2n+1の主鎖をとれる。一方,主鎖がその炭素を含んでいないとすると,主鎖は4つのアルキル基のうちいずれかに完全に含まれることになり,主鎖の鎖長は2n-1を超えない。よって,その炭素は主鎖に含まれ,かつ主鎖の真ん中に位置するため,アルカンの中心となる。
以上で,ある炭素又は結合がアルカンの中心であるための必要十分条件が与えられた。
2. 1 構造異性体数の数え上げの具体例
一般論にはいる前に,これまでに定義したアルカンの中心,アルキル基の大きさなどの概念を用いて,具体的にどのように異性体数を数え上げていくのかを示したい。
本論文では, 1) 炭素数 n 大きさ m のアルキル基の構造異性体数 A(n,m) を任意のn, mに対して求める。2)アルカンをその中心に結合するアルキル基の組合せと捉え,前に求めた条件に従うようなアルキル基の組合せを数え上げる。 という2段階の方法をとる。
まず,第一段階について,n=5, m=3 の時を例にとってみよう。アルキル基は,遊離原子価を持つ炭素 C* と,それに結合する3つのアルキル基から成り立っている。(ここでは水素ラジカルもアルキル基に含める。) C* に結合するアルキル基の大きさの最大値は m-1 であり,炭素数の合計は n-1 である。従って,この場合炭素数の合計が4で,大きさの最大値が2であるようなアルキル基の組合せを数えるとよい。
まず,3つのアルキル基の大きさの組合せによってわける。大きさの組合せとしては,(2,2,1), (2,2,0), (2,1,1), (2,1,0), (2,0,0) の5通りがある。ここで,アルキル基の炭素数は必ずアルキル基の大きさより大きいことは定義から明らかである。よって,上記の (2,2,1) の組合せは炭素数が5以上になり存在しない。これ以外の組合せについて,炭素数の割り当てまで考えて分類すると Table 1 の通りとなる。
Table 1 The enumeration of A(5,3)
c.l | c.n.c | number of combinations of alkyl radicals
|
---|
(2,2,0) | <2,2,0> | A(2,2)H2. A(0,0)=1
|
(2,1,1) | <2,1,1> | A(2,2). A(1,1)H2=1
|
(2,1,0) | <3,1,0> | A(3,2)A(1,1)A(0,0)=1
|
<2,2,0> | A(2,2)A(2,1)A(0,0)=0
|
(2,0,0) | <4,0,0> | A(4,2). A(0,0)H2=1
|
c.l : combination of length
c.n.c : combination of number of carbon atoms
Table 1 で,(...) は大きさに関する組合せを表し,<...> は炭素数に関する組合せを表している。また,A(n,m) は炭素数 n 大きさ m のアルキル基の構造異性体数を表す。また,nHm は重複組合せを表す ([4])。
この表を作るにあたって大きさ 0 のアルキル基は水素ラジカルのみで,炭素数は 0 しかあり得ないこと,また,炭素数が常に大きさ以上の値を持つことを考慮した。
例として,(2,2,0) , <2,2,0> の組合せを見てみる。この場合,炭素数 2 大きさ 2 のアルキル基を2つ選ぶ必要があり,その選び方は, A(2,2) 個のなかから重複を許して2つ選び出す方法の数である A(2,2)H2 通りである。さらに,炭素数 0 大きさ 0 のアルキル基の数 A(0,0) をかけあわせたものが求める組合せの数である。ここでは, A(0,0) も A(2,2) もどちらも 1 であり,特に式の形で書く必要はないが,n, m が大きいときには必要となる。
以上から,A(5,3) の値が,n<5, m<3 の時の A(n,m) の値を用いて計算でき,A(5,3)=4 であることがわかった。この作業を順次続けていけば,本稿の最後に載せたTable 3の表ができる。
第二段階では,炭素数 n のアルカンの異性体数 B(n) を求める。ただしTable 3 が既に得られたものとする。
いま,炭素数 6 のアルカンの構造異性体数を求めることにする。a) アルカンの中心が炭素の場合,b) 結合の場合の二つに分けられる。
アルカンの中心が炭素の場合は中心に結合する4つのアルキル基の組合せでアルカンが表現される。4つのアルキル基の炭素数の和は 5 であるため,それらの大きさの和は 5 以下でなければならない。また,大きさが最大のものが2つ以上なければならないことから,大きさの組合せは, (0,0,0,0), (1,1,0,0), (1,1,1,0), (1,1,1,1), (2,2,0,0), (2,2,1,0) の5通りある。このうち, (0,0,0,0), (1,1,0,0), (1,1,1,0), (1,1,1,1) の組合せは存在しない。これらは炭素数の和が 4 以下になるからである。
アルカンの中心が結合である場合,中心に結合する2つのアルキル基の大きさは等しくなければならない。また,それらの炭素数の和が 6 であるから,大きさの和は 6 以下でなくてはならない。よって,2つのアルキル基の組合せは (0,0), (1,1), (2,2), (3,3) の4通りある。しかし,同じくこのうち (0,0), (1,1) の場合は存在しない。
これらを炭素数によってさらに分類し,それぞれの組合せの個数を表にまとめるとTable 2 のようになる。
Table 2 The enumeration of B(6)
| c.l | c.n.c | number of combinations of alkyl radicals
|
---|
a) | (2,2,0,0) | <3,2,0,0> | A(3,2)A(2,2).A(0,0)H2=1
|
(2,2,1,0) | <2,2,1,0> | A(2,2)H2. A(1,1)A(0,0)=1
|
b) | (2,2) | <4,2> | A(4,2)A(2,2)=1
|
<3,3> | A(3,2)H2=1
|
(3,3) | <3,3> | A(3,3)H2=1
|
c.l : combination of length
c.n.c : combination of number of carbon atoms
Table 2 では,炭素数が大きさ以上の値を持つこと,大きさが 0 の時は炭素数は 0 以外あり得ないことを考慮した。
この表も前の場合と同じように計算できる。この表から,炭素数 5 の時のアルカンの異性体数は 5 であることがわかる。
以下,一般の場合について考察するが,具体的な場合において示されたように,ある番号 n, m における A(n,m) の値は n, m 以前の番号における A(n,m) の値によって再帰的に表現できる。また,アルカンの構造異性体数についても,A(n,m) の値から求めることができる。
3 アルキル基の構造異性体数
ここでは,炭素数 n, 大きさ m のアルキル基の構造異性体数を計算する。ただし,水素ラジカルも炭素数0,大きさ0のアルキル基と考える。
水素ラジカルではないアルキル基は,遊離原子価を持つ炭素と,それに結合する3つのアルキル基とから成り立っている。3つのアルキル基の大きさのうちで最大のものを m とすれば,全体のアルキル基の大きさは m+1 である。
炭素数 n 大きさ m のアルキル基の構造異性体数を A(n,m) とする。 0<= x<= n, 0<= y<= m を満たす整数 x,y について,A(x,y) がわかっている時に A(n+1,m+1) を導く式を作ることにする。
先に述べたことから,A(n+1,m+1) は,炭素数の合計が n であり,大きさの最大値が m であるような3つのアルキル基の組合せの総数に等しい。3つのアルキル基 -R1, -R2, -R3 の大きさをそれぞれ m1, m2, m3 とする。 (ここで m=m1>= m2>= m3 ) また,それぞれの炭素数を n1, n2, n3 (n1+n2+n3=n)とする。3つのアルキル基の組合せは m1, m2, m3 の関係によって次の4通りに分けられる。
1; m=m1>m2>m3 2; m=m1>m2=m3 3; m=m1=m2>m3
4; m=m1=m2=m3
1 の時;この時3つのアルキル基は皆異なるものとなり区別される。 -R1, -R2, -R3 はそれぞれ A(n1,m), A(n2,m2), A(n3,m3) 通りある。よって,全部で
通りの組合せがある。(ただし S1 は m>m2>m3, n1+n2+n3=n を満たす全ての非負の整数 m2, m3, n1, n2, n3 にわたった和を意味する。)
2 の時;ここでは -R2, -R3 の炭素数によってさらに分類する。ここでは2つの大きさが同じなので,n2 <= n3 とすると,次の2つの場合に分けられる。
a, n2<n3 b, n2=n3
a の時;この時3つのアルキル基は全て異なっている。 -R1, -R2, -R3, はそれぞれ A(n1,m), A(n2,m2), A(n3,m2) 通りある。したがって,全部で,
通りの組合せがある。(ただしS2 は m>m2, n2<n3, n1+n2+n3=n を満たす全ての非負の整数 m2, n1, n2, n3 にわたった和を意味する。)
b の時;この時,-R1 と -R2,-R1 と -R3 は互いに異なったアルキル基であるが,-R2 と -R3 はどちらも炭素数 n2 大きさ m2 という同じ範疇に属するアルキル基である。 -R2,-R3 には, A(n2,m2) 種類の中から重複を許して2つ取り出しあてはめればよい。よって,-R2, -R3 の組合せは A(n2,m2)H2 通りある([4])。したがって全部で,
通りの組合せがある。(ただしS3 は m>m2, n1+2n2=n を満たす全ての非負の整数 m2, n1, n2 にわたった和を意味する。)
3 の時;この場合もアルキル基の炭素数によってさらに分類する。ただし,-R1, -R2 の大きさは等しいので,炭素数について n1<= n2 とする。この時次の2つに分類される。
a, n1<n2 b, n1=n2
a の時;全てのアルキル基は異なっている。よって全部で
通りある。(ただし,S4 は m>m3, n1<n2, n1+n2+n3=n を満たす全ての非負の整数 m3, n1, n2, n3 にわたった和を意味する。)
b の時;この時,-R3 は他とは異なるアルキル基であるが,-R1, -R2 は 大きさ m, 炭素数 n1 の同じ範疇に属するアルキル基である。したがって前の時と同様に考えると,-R1, R2 の組合せの数は,A(n1,m) 種類の中から重複を許して2つ選ぶ方法の数 A(n1,m)H2 に等しい。よって全部で,
通りある。(ただし,S5 は m>m3, 2n1+n3=n を満たす全ての非負の整数 m3, n1, n3 にわたった和を意味する。)
4 の時;この場合も炭素数によってさらに3つに分類する。
a, n1<n2<n3 b, n1=n2<> n3 c, n1=n2=n3=n/3
a の時;この時全てのアルキル基は異なっている。よって,全部で
通りある。(ただしS6 は n1<n2<n3, n1+n2+n3=n を満たす全ての非負の整数 n1, n2, n3 にわたった和を意味する。)
b の時;-R3 は他とは異なるアルキル基であるが,-R1, -R2 は大きさ m, 炭素数 n1 の同じ範疇に属するアルキル基である。よって,-R2, -R3 のアルキル基の組合せは,A(n1,m)H2 通りある。したがって全部で
通りある。(ただし,S7 は n1<> n3, 2n1+n3=n を満たす全ての非負の整数 n1, n3 にわたった和を意味する。)
c の時;この場合は n が3の倍数の時に限ってありうる。-R1, -R2, -R3 は全て大きさ m, 炭素数 n/3 の同じ範疇に属するアルキル基である。したがって,-R1, -R2, -R3 の組合せの数は,A(n/3,m) 個の中から重複を許して3つ取り出す方法の数 A(n/3,m)H3 に等しい。よって全部で,
通りある。(ただし,A(n/3,m) は n/3 が整数でないときは 0 とする。)
以上より,A(n+1,m+1) の値は,式(1)から(8)までの和によって求められる。また,この漸化式の計算のためには n=0 または m=0 の時の A(n,m) の値が必要であり,明らかに,
である。
また,実際の計算のためには S の範囲をわかりやすく書き換える必要がある。例えば,式(1)に関して考える。 m2 は 1<= m2<= m-1 という範囲を動き,m2 を固定すれば,m3 は,0<= m3<= m2-1 という範囲を動く。また,n1 は 0<= n1<= n という範囲を動き,この n1 を固定すれば,n2 は 0<= n2<= n-n1 という範囲を動く。また,n3=n-n1-n2 であるから,
と書き換えることができる。同様に,式(2)から(7)についても書き換えを行い, A(n+1,m+1) を1つの式で表すと,次のようになる。
(ただし, x または y が整数でない時は,A(x,y)=0 とする。)
また,整数 n, m に対して A(n,m) が1以上の値を持ちうるのは,m<= n<= (3m-1)/2 の関係を満たすときのみであるので(証明略),これを使えば実際の計算を速くできる。
4 アルカンの構造異性体数
ここでは炭素数 n のアルカンの構造異性体数の計算を行う。
アルカンの構造異性体数は,前に求めた A(n,m) から求めることができる。炭素数 n のアルカンの異性体数を,B(n) とする。まず,アルカンの中心が炭素原子であるか,炭素-炭素間結合であるかによって,2つに分類する。
4. 1 アルカンの中心が炭素-炭素間結合である場合
この場合,前に述べたように,ある炭素-炭素間結合がアルカンの中心である必要十分条件は,その結合の両端のアルキル基の大きさが等しいことである。(ただし,この場合のアルキル基には,水素ラジカルは含まれない。)炭素数 n のアルカンを考える。そのアルカンの中心に結合する2つのアルキル基の大きさを m1(>= 1) とし,炭素数をそれぞれ n1, n2 (n1<= n2 , n1+n2=n )とする。次の2つの場合が考えられる。
1; n1<n2 2; n1=n2=n/2
1 の時;2つのアルキル基は異なっている。よって,2つの組合せは全部で,
通りある。(ただし,S11 は,m1>= 1, n1<n2, n1+n2=n を満たす全ての非負の整数 m1, n1, n2 にわたる和を意味する。また,m1 については無限の和となるように見えるが,実はm1 の値がn1 の値を超えると A(n1,m1) の値は 0 になるので,実際には有限和となる。以下でも同様の状況が生じるが,それらは全て有限和である。)
2 の時;この場合は n が奇数の時はない。2つのアルキル基は大きさ m1, 炭素数 n/2 の同じ範疇に属する。よって,2つの組合せは A(n/2 ,m1)H2 通りあり,全部で,
通りある。(ただし,n が奇数の時 A(n/2,m1)=0 とする。)
4. 2 アルカンの中心が炭素原子である場合
この場合,前に述べたように,ある炭素がアルカンの中心であるための必要十分条件は,その炭素に結合する4つのアルキル基のうち,最大の大きさをもつものが,2つ以上あることである。(ただし,この場合は水素ラジカルをアルキル基に含める。)したがって,炭素数 n 個のアルカンで,中心が炭素であるものの構造異性体数は,炭素数の合計が n-1 個であり,最大の大きさを持つものが2つ以上ある4つのアルキル基の組合せの数に等しい。今,中心炭素につく4つのアルキル基を -R1, -R2, -R3, -R4 とする。そして,4つのアルキル基の大きさをそれぞれ m1, m2, m3, m4 とする。(ただしm1=m2>= m3>= m4 とする。) また,炭素数をそれぞれ n1, n2, n3, n4 とする。(n1+n2+n3+n4=n-1)この時大きさによって,次の4通りに分けられる。
1, m1=m2>m3>m4 2, m1=m2>m3=m4 3, m1=m2=m3>m4
4, m1=m2=m3=m4
1 の時;この場合,-R1, -R2 の大きさが等しいので,炭素数について, n1<= n2 とする。ここで炭素数 n1, n2 の関係によって,2つに分類する。
a, n1<n2 b, n1=n2
a の時;4つのアルキル基は皆異なっており区別される。-R1, -R2, -R3, -R4 はそれぞれ A(n1,m1), A(n2,m1), A(n3,m3), A(n4,m4) 通りあるので,全部で,
通りある。(ただし,S13は m1>m3>m4, n1<n2, n1+n2+n3+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m3, m4, n1, n2, n3, n4 にわたる和を意味する。)
b の時;4つのアルキル基のうち,同じ大きさと同じ炭素数を持つのは -R1, -R2 だけである。この2つのアルキル基の組合せの数は,A(n1,m1)H2 である。よって全部で,
通りある。(ただし,S14は m1>m3>m4, 2n1+n3+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m3, m4, n1, n3, n4 にわたる和を意味する。)
2 の時;この時,-R1 と -R2 の大きさが同じであり,また-R3 と -R4 の大きさも同じである。よって,炭素数について, n1<= n2, n3<= n4 とする。ここでさらに4つに分類する。
a, n1<n2, n3<n4 b1, n1<n2, n3=n4 b2, n1=n2, n3<n4
c, n1=n2, n3=n4
しかし,b1, b2 の時は,-R1, -R2 と,-R3, -R4 の立場が逆になったもので,m1>m3 の仮定を破棄し,次の b にまとめてよい。
b, m1=m2<> m3=m4, n1<n2, n3=n4
a の時;この時4つのアルキル基はすべて異なる。よって全部で,
通りある。(ただし,S15は m1>m3, n1<n2, n3<n4, n1+n2+n3+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m3, n1, n2, n3, n4 にわたる和を意味する。)
b の時;この時4つのアルキル基のうちで -R3 と -R4 だけが同じ大きさと同じ炭素数を持つ。-R3 と -R4 の組合せは,A(n3,m3)H2 通りある。よって全部で,
通りある。(ただし,S16は m1<> m3, n1<n2, n1+n2+2n3=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m3, n1, n2, n3 にわたる和を意味する。)
c の時;4つのアルキル基のうちで,同じ大きさと同じ炭素数をもつものは2組あり,-R1 と -R2 ,-R3 と -R4 がその2組である。また2組同士は,異なるアルキル基の範疇に属している。よって,-R1 と -R2 の組合せの数は,A(n1,m1)H2 通りあり,-R3 と -R4 の組合せの数は,A(n3,m3)H2 通りある。したがって全部で,
通りある。(ただし,S17は m1>m3, 2n1+2n3=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m3, n1, n3 にわたる和を意味する。)
3 の時;この時4つのアルキル基の中で,大きさが異なるのは -R4 のみである。そこで,-R1, -R2, -R3 の炭素数の関係によって,次の3通りに分類する。
a, n1<n2<n3 b, n1=n2<> n3 c, n1=n2=n3
a の時;4つのアルキル基は,全て異なり区別される。よって全部で,
通りある。(ただし,S18は m1>m4, n1<n2<n3 n1+n2+n3+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m4, n1, n2, n3, n4 にわたる和を意味する。)
b の時;この時,4つのアルキル基のうち同じ大きさと同じ炭素数をもつのは,-R1 と -R2 のみである。-R1 と -R2 の組合せは,A(n1,m1)H2 通りある。よって全部で,
通りある。(ただし,S19は m1>m4, n1<> n3, 2n1+n3+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m4, n1, n3, n4 にわたる和を意味する。)
c の時;-R1, -R2, -R3 は炭素数 n1 大きさ m1 をもつ同じ範疇に属するアルキル基である。また,-R4 は他のアルキル基とは区別される。よって,-R1, -R2, -R3 の組合せは, A(n1,m1)H3 通りある。したがって全部で,
通りある。(ただし,S20は m1>m4, 3n1+n4=n-1 を満たす全ての非負の整数 m1, m4, n1, n4 にわたる和を意味する。)
4 の時;ここで全てのアルキル基の大きさは等しいので,さらに炭素数によって分類する。 まず,炭素数 n1, n2, n3, n4 について,n1<= n2<= n3 <= n4 として考えると,次の8つに分類される。
a, n1<n2<n3<n4
b1, n1<n2<n3=n4 b2, n1<n2=n3<n4 b3, n1=n2<n3<n4
c1, n1<n2=n3=n4 c2, n1=n2=n3<n4
d, n1=n2<n3=n4
e, n1=n2=n3=n4=(n-1)/4
ただし,b1, b2, b3は4つのアルキル基のうち,2つのアルキル基の炭素数が等しいときなので,次の b にまとめてもよい。
b, n1=n2, n3<n4, n3<> n1, n4<> n1
また,c1, c2 は4つのアルキル基のうちで,1つだけ異なる大きさを持っている場合だから,次の c にまとめられる。
c, n1=n2=n3<> n4
a の時;この時全てのアルキル基は異なり,区別される。よって,全ての組合せは,
通りある。(ただし,S21 は,n1<n2<n3<n4, n1+n2+n3+n4=n-1, を満たす全ての非負の整数m1, n1, n2, n3, n4 にわたった和を意味する。)
b の時;この時 -R1 と -R2 とは同じ炭素数 n1 と同じ大きさ m1 を有するアルキル基である。よって,-R1 と -R2 の組合せは,A(n1,m1)H2 通りある。他のアルキル基は -R1, -R2 とは異なっている。よって,全部で
通りある。(ただし,S22 は,n3<n4, n3<> n1, n4<> n1, 2n1+n3+n4=n-1, を満たす全ての非負の整数m1, n1, n3, n4 にわたった和を意味する。)
c の時;-R1, -R2, -R3 の各アルキル基は,全て炭素数 n1 大きさ m1 の範疇に属する。よって -R1, -R2, -R3 の組合せは A(n1,m1)H3 通りある。また-R4 は,他と異なるアルキル基である。よって全ての組合せは,
通りある。(ただし,S23 は,n1<> n4, 3n1+n4=n-1, を満たす全ての非負の整数m1, n1, n4 にわたった和を意味する。)
d の時;この時 -R1 と -R2 は同じ炭素数 n1 と同じ大きさ m1 を持つ。また -R3 と -R4 は同じ炭素数 n3 と同じ大きさ m1 を持つ。よって,-R1, -R2 の組合せは A(n1,m1)H2 通りであり,-R3, -R4 の組合せは A(n3,m1)H2 通りある。したがって,全ての組合せは
通りある。(ただし,S24 は,n1<n3, 2n1+2n3=n-1, を満たす全ての非負の整数m1, n1, n3 にわたった和を意味する。)
e の時;この時は n-1 が4の倍数の時に限ってありうる。4つのアルキル基全てが同じ大きさと同じ炭素数を持つ。よって,4つのアルキル基の組合せの数は A(n1,m1)H4 に等しい。よって全部で,
通りある。(ただし,A((n-1)/4,m1) は n-1 が4の倍数の時以外は0とする。)
4. 3 計算のまとめ
前と同様,和の範囲をわかりやすくし,以上を1つの式で表す。
ただし,x または y が整数でない時の A(x,y) の値は0とする。)
5 計算結果と問題点
コンピューターを用いて求めた A(n,m) の値と B(n) の値を表に示す。
Table 3 The value of A(n,m)
m n | 0 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15
|
---|
0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
2 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
3 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
4 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
5 | 0 | 0 | 0 | 4 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
6 | 0 | 0 | 0 | 4 | 8 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
7 | 0 | 0 | 0 | 5 | 15 | 13 | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
8 | 0 | 0 | 0 | 4 | 27 | 32 | 19 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
9 | 0 | 0 | 0 | 4 | 43 | 74 | 56 | 26 | 7 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
10 | 0 | 0 | 0 | 3 | 67 | 155 | 151 | 88 | 34 | 8 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
11 | 0 | 0 | 0 | 2 | 97 | 316 | 374 | 267 | 129 | 43 | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0
|
---|
12 | 0 | 0 | 0 | 1 | 136 | 612 | 889 | 743 | 432 | 180 | 53 | 10 | 1 | 0 | 0 | 0
|
---|
13 | 0 | 0 | 0 | 1 | 183 | 1160 | 2032 | 1968 | 1320 | 657 | 242 | 64 | 11 | 1 | 0 | 0
|
---|
14 | 0 | 0 | 0 | 0 | 239 | 2126 | 4529 | 5006 | 3807 | 2175 | 954 | 316 | 76 | 12 | 1 | 0
|
---|
15 | 0 | 0 | 0 | 0 | 300 | 3829 | 9858 | 12394 | 10505 | 6746 | 3391 | 1336 | 403 | 89 | 13 | 1
|
---|
Table 4 The value of B(n)
n | B(n) |
---|
1 | 1 |
2 | 1 |
3 | 1 |
4 | 2 |
5 | 3 |
6 | 5 |
7 | 9 |
8 | 18 |
9 | 35 |
10 | 75 |
|
n | B(n) |
---|
11 | 159 |
12 | 355 |
13 | 802 |
14 | 1858 |
15 | 4347 |
16 | 10359 |
17 | 24894 |
18 | 60523 |
19 | 148284 |
20 | 366319 |
|
n | B(n) |
---|
21 | 910726 |
22 | 2278658 |
23 | 5731580 |
24 | 14490245 |
25 | 36797588 |
26 | 93839412 |
27 | 240215803 |
28 | 617105614 |
29 | 1590507121 |
30 | 4111846763 |
|
n | B(n) |
---|
31 | 10660307791 |
32 | 27711253769 |
33 | 72214088660 |
34 | 188626236139 |
35 | 493782952902 |
36 | 1295297588128 |
37 | 3404490780161 |
38 | 8964747474595 |
39 | 23647478933969 |
40 | 62481801147341 |
|
使用したコンピューターはNECのPC-9801RA であり,プログラム言語は n88basic(86) である。B(n)の計算で n=40まで行うのには42分を要した。ただし,この計算はnの値が大きくなると急速に速度が落ちる。初めのプログラミングでは式(10)と式(26)で示された範囲で計算を行っていたため処理速度は遅かった。しかし後で,前に言及したように,A(n,m) が1以上の値を取りうるのはm<= n<= (3m-1)/2 を満たすときのみであるということを用いることでより速い処理速度が得られた。また,グラフ理論を利用したプログラムも作成したが,処理速度はn=40まで行うのに 8 秒程度しか要せず,計算方法としてはグラフ理論の方が格段にすぐれていることがわかった。また,これらのソフトは化学ソフトウエア学会の無償利用ソフトとして登録する予定である。
上記の方法には問題点もある。側鎖が多く複雑な構造をしたアルカンは構造式として紙の上に書くことはできても,実際に存在し得ないことがある。したがって,実際のアルカンの異性体数は上で求めた値より少ないはずである。
アルカンの構造異性体数だけでなく,立体異性体の数も初等的方法によって,求めることができる。構造異性体の場合よりさらに複雑になるが,組合せの方法の積み重ねであることに変わりはない。
本論文作成には,お茶の水女子大学の細矢治夫先生,甲陽学院中学校の大川貴史先生,甲陽学院高校の石井慎也先生のご指導を賜った。また,本誌の二名の審査員から,貴重なコメント・助言をいただいた。記して感謝申し上げたい。
参考文献
[ 1] A. T. Balaban, Chemical Application of Graph theory, Academic Press (1976), p1-61.
[ 2] この定義は審査委員の知見によるものである。
[ 3] この一意性の証明は次の手続きで行うことができる。1)アルカン内に2つの主鎖が存在したとすると必ず2つに共通して含まれる炭素が存在する。2)2つの主鎖がある炭素を共有したとすると,必ず2つの主鎖は互いの中心も共有する。3) したがって,主鎖の中心は一意的。
[ 4] xHy とはx種類のもののなかから重複を許してy個選ぶ方法の数であり,xHy=x+y-1Cy である。
6 付論
本文において,アルカンの中心はアルカンの主鎖の中心として定義した。しかし,アルカンの構造が複雑になるにつれて,主鎖の決定は困難になり,中心の決定も困難になる。そこでこの付論では,アルカンの中心を求めるためのより構成的な方法を与える。以下の定義は,本文での定義と全く等価であるが,実際に中心を求めるにあたっては以下の方法がよい。
まず,次の置換作業が定義において重要な役割を果たす。
- 置換作業
-
メタン以外のアルカンに含まれる全てのメチル基(-CH3)を全て水素原子で置換する。
この作業をアルカンに対し繰り返して行う。1回の作業につき少なくとも1個の炭素が減るので,この作業を有限回行うことによって,全てのアルカン類は水素(H2)またはメタン(CH3)のいずれかになる。ここで,最後に残ったものがメタンである時,そのメタンの1個の炭素を元のアルカンの中心(center)と定義する。最後に残ったものが水素である時,水素の前段階としてはエタンしか存在しない。そこで,そのエタンのただ1つの炭素-炭素間結合を元のアルカンの 中心 (center)と定義する。
上の定義と本文中の定義が等価であることは次のようにして証明できる。1)1回の置換作業につき主鎖は両鎖端から1つづつ炭素を削り取られる。(もし削り取られないことがあるとしたら,より長い主鎖がとれる)2)最後に主鎖の真ん中が残り,その時には主鎖以外の炭素は既に存在しない。3)主鎖の中心の一意性から,主鎖の真ん中が(上の定義における)アルカンの中心と一致する。
Return