VRMLを用いたタンパク質立体構造表示

宇野 健, 林 治尚, 山名 一成, 中野 英彦


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1.はじめに

近年、インターネットの発展に伴い、化学の研究室間で電子メール等の利用によって、簡単にデータや情報の交換が出来るようになってきた。しかし、化学の情報には分子の立体構造を必要とする事があり、それには画像ファイルとして、または分子模型表示プログラムのデータファイルとして転送するしかなかった。しかし前者の場合、ファイルの容量が大きくなる等、また後者では双方が同じアプリケーションを所有している必要がある。さらに、そのアプリケーションはハードウェアに依存する事も多い。
これらの問題はVirtual Reality Modeling Language (VRML)を用いることによって解決することができる。VRMLはWorld Wide Web (WWW)の情報通信メカニズムを用いた3Dモデリング言語であり、3Dグラフィックスの描画のためのオブジェクト指向的方法を提供する。既にVRMLを用いての分子模型表示の研究は行われており[1][2]、化学のVRMLサイトも幾つか見られるようになった[1][2][3]。
我々の研究室においても昨年度よりVRMLに関する研究を行っている。今回は従来より研究開発を進めているタンパク質分子構造表示システムModrast-P[4]の機能を拡張し、Modrast-Pで表示された分子模型をそのままVRMLのデータ形式に変換する機能を追加したので報告する。

2.ハードウェアとソフトウェア

3.VRMLの利点

VRMLはインターネットの通信メカニズムを用いた新しいモデリング言語であり、これを用いることによって3次元空間や3次元物体をリアルタイムに表示することができる。その特長として、ハードウェアを選ばないこと、視点の変更がきく、ファイルサイズが小さいこと等があげられる。
VRMLはコンピュータの機種環境に依存しない仕組みが実現されているため、様々なプラットフォーム上でこれを動かすことができる。具体的に言うと、そのコンピュータにVRML対応ブラウザがインストールされていればよい。現在、様々なVRMLブラウザが存在し、IBM PC/AT互換機(DOS/V)、PC-98シリーズ、Macintosh等の主要パーソナルコンピュータ、シリコングラフィックス(SGI)やSUNなどのワークステーションに対応している。よって、インターネットに接続されていたら殆どのコンピュータ上でVRMLを見ることが可能な状況となっている。最近はWWWブラウザに標準でVRMLビューワが付属していることが多く、今回主に使ったNetscape Navigator 3.01にも標準でLive3D[5]というVRMLビューワが付属しているので、設定などをすることなく利用することができる。
また、VRMLではマウスを用いることによって表示されているオブジェクトの回転、移動、拡大縮小等を自由に行うことができる。これは分子構造をGIFやJPEGなどの画像フォーマットでやりとりするときに比べて大きな利点を持つ。まず、画像ファイルでは一つの視点からの静止画であるため、それを分かり易くするためには多数の画像が必要となる。しかも画像ファイル自体のファイル容量が大きいため、ファイル数が増加するとデータの量がかなり大きくなってしまう。それに比べてVRMLでは、一つのファイルを読み込むだけで様々な視点からの観察が可能となる。回転による様々な角度からの観察の他、拡大の利用することによって分子内部の状態も1つのデータファイルで見ることができるようになっている。しかもファイルフォーマットはアスキー形式を利用しているため、ファイルの圧縮を用いることによってさらに容量を減らすことができるので、ファイルの送受信をスムーズに行うことができる。
ただし、VRMLにおいては、3Dイメージの描画はデータの転送先のコンピュータで行うため、3Dイメージの解像度、色数、描画速度などは転送先のコンピュータの性能に負うところが大きくなる。サイズの大きなファイル(この場合、原子数の多い分子)の場合、ハードウェア構成によっては表示にかなりの時間がかかることがある( Table 1 )。

4.VRMLフォーマットへの変換

今回VRMLへの変換プログラムを組み込んだModrast-PはProtein Data Bank ( PDB )[6]のソースデータファイルを読み込んでタンパク質や核酸などの天然高分子の立体構造を表示するプログラムである。立体構造表示までの処理を大まかに説明すると以下のようになる。
  1. PDBファイルの読み込みと結合データの作成
    PDBファイルから原子の座標、原子名、残基名、αヘリックスやβシートなどの2次構造データ等を読み込む。この時、PDBのファイルの中には原子の結合に関するデータがないため、それを作成する必要がある。Modrast-Pでは予め標準残基の結合データを用意しており、それを用いて分子全体の結合データを作成する。また、バックボーン模型の場合はα炭素(核酸は5'炭素)のみの座標を取り出し、その結合データを作成する。
  2. 読み込んだデータの処理
    読み込んだデータを表示形態に合わせて加工する。空間充填模型では原子の座標、各原子ごとに割り当てられた半径、色そして光源方向を作画ルーチンに送ることで描かれる。球棒模型の描画には球の他に円柱の定義が必要となる。円柱の場合、その定義に必要なパラメータである中心点、長さ、半径、向き(方向ベクトル)は座標データや結合データ等から計算される。
  3. 描画ルーチンへのデータの受け渡しと描画
    計算、加工されたデータを表示形態ごとに用意されている描画ルーチンに渡すことによって分子模型が描かれる。描画ルーチンは球だけを扱う空間充填模型用、球と結合の棒を扱うことができる球棒模型用、そして切断表示用がある。球棒模型用では球棒模型の他にバックボーン模型の描画にも用いられる。
  4. コマンド入力のためのユーザ・インターフェース
    プログラムの実行には表示形態や色の選択、各種オプションの入力のためにコマンド入力が必要となる。以前発表したSunワークステーション版[4]ではOPEN LOOK仕様のグラフィカル・ユーザ・インターフェースを利用している。今回、新たに開発したSun以外のワークステーションでも利用することができるバージョン(X-Windowsに対応)では、コンソールからのコマンド入力方式になっている。
今回はCに相当する部分をVRML形式データへの変換に対応させ、A、Bから得られるデータをVRMLのデータ形式に変換し、それをファイルに書き出して保存すことができるようにした。VRMLでは球や円柱をグラフィック・プリミティブとして扱い、そのパラメータを与えることで大きさや方向等が決まる。空間充填模型の場合、球は半径と中心の座標だけで決まる。このため、Bで計算したModrast-Pの空間充填模型の作画ルーチンに送るデータがそのまま利用できる。また、球棒模型の場合は球の他に円柱が必要となる。VRMLでは、長さ2,半径1,中心が原点で軸方向がy軸という円柱がプリミティブとなっており、平行移動と回転を行う変換マトリックスによって大きさと位置が決められる。このマトリックスの要素はModrast-Pの作画ルーチンに送るデータをそのまま利用、またはそれらを用いた簡単な計算によって求められるようにしているため、データ変換は瞬時に行うことができる。
なお、Modrast-Pの大きな特徴である分子の切断表示については今のところVRMLへの変換はできない。 

Table 1 Speed variations for different VRML viewers
Sapce-filling modelBall-and-stick modelTubular modes
MS VRML 2.0 Viewer[7]10316010
Live 3D[5]13120312
Community Place[8]15024012
Cosmo Player[9]17525519
VRScout[10]434237611
Times are given in seconds. Three different display styles of insulin dimer ( 2INS ) are used : space-filling model ( Fig. 1 ) is composed of 780 spheres, ball-and-stick model is composed of 780 spheres and 701 cylinders, and tubular model ( Fig. 2 ) is composed of 100 spheres and 102 cylinders. Tests are performed on a PC Pentium 133-MHz with 48MB RAM, and done in the Windows 95 operating system. MS VRML Viewer was installed for Internet Explorer 4.0 as plug-in, others were installed for Netscape Navigator 3.0 as plug-in.

5.実行例

VRMLファイルへの変換は簡単な操作で行うことができる。まず、VRML形式に変換したい分子をModrast-Pに読み込ませ、表示形態や色分けなどを決めて表示ウィンドウに表示させる。後はコマンド・メニューの中から”vrml”を選び、保存ファイル名を指定する。このファイルを用いることによりModrast-Pの表示ウィンドウに表示されている分子をそのままVRMLブラウザに表示することができる。
この変換機能では分子の空間充填模型( Fig. 1 )、球棒模型の他にもバックボーン模型( Figs. 2, 3 )も変換できる。また、全体のバックボーン模型と共に特定部分を球棒模型や空間充填模型で表示する混合表示( Fig. 4 )や、特定部分を抜き出して表示する機能( Figs. 5, 6 )にも対応している。変換したファイルをVRMLビューワ上で表示させる時にかかる時間は上記で述べているようにソフトウェア、ハードウェア構成等に依存する。参考としてインシュリン(2ins)の各表示形態を様々なVRMLビューワで表示させたときの表示時間を測定した。( Table 1

Fig. 1 Insulin dimer (2INS) with space-filling model colored by residue.


Fig. 2 Insulin dimer (2INS) with tubular model colored by chain.


Fig. 3 Transfer RNA (1TRA) with tubular model.


Fig. 4 Myoglobin (1MBD) with heteroatoms displayed as tubular model.


Fig. 5 Guanine - cytosine DNA base pair extracted from synthetic DNA (1BNA).


Fig. 6 Ball-and-stick model of heme extracted from myoglobin.

6.考察

今回の機能拡張により、Modrast-Pで表示されている分子模型を表示形態や色をそのままの状態でVRML形式のデータに変換し、それをWWWブラウザで表示することができるようになった。インターネットに接続されているコンピュータなら殆どの機種において利用でき、視点の変更がきく、ファイルサイズが小さい等のVRMLの特長を生かして、分子模型のオンラインでのやりとりが効率的に行われるようになると期待される。
現在の問題点としては扱うオブジェクトの数が多いとき、例えば球棒模型で表されるタンパク質の全体表示など、は表示にかなりの時間を要するという点があげられるが( Table 1 )、これはVRMLブラウザやハードウェアの性能の向上により解決されると思われる。また、現時点ではModrast-Pの大きな特長である分子の切断表示をVRMLに変換できないため、今後も検討していく予定である。

参考文献

1) H. Vollhardt, C. Henn, M. Teschner, and J. Brickmann, J. Mol Graphics, 13, 368-372 (1995).
http://www.pc.chemie.th-darmstadt.de/vrml/pdbvis.html
2) 吉田弘、松浦博厚, J. Chem. Software, 3, 147-156 (1997).
吉田弘、松浦博厚, J. Chem. Software, 3, 157-164 (1997).
http://cssj.chem.sci.hiroshima-u.ac.jp/CyberMol/
3) http://chemcomm.clic.ac.uk/VRML/
4) 宇野健、河島康之、張金碚、林治尚、山名一成、中野英彦, J. Chem. Software, 4, 1-10 (1997).
5) http://www.netscape.com/comprod/products/navigator/live3d/index.html
6) Bernstein, F. C., Koetzle, T. F., Williams, G. J. B., Meyer, E. F., Brice, M. D., Rodgers, J. R., Kennard, O., Shimanouchi, T., and Tasumi, M., J. Mol. Biol., 112, 535-542 (1977).
7) http://www.microsoft.com/vrml/
8) http://vs.sony.co.jp/
9) http://vrml.sgi.com/cosmoplayer/
10) http://www.chaco.com/vrscout/

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