中田 吉郎*、 滝沢 俊治、 矢吹 貞人、 平井 光博
分子間相互作用エネルギーEは、次に示すような非結合原子間の相互作用に基づく項のみの
和として求める。
E=ΣEVDW+ΣEES+ΣEHB
EVDWの項は、ファン・デル・ワースル力によるエネルギーでLennard-Jones の6−12型
ポテンシャルを用いる。
EVDW=−A/r6+B/r12
ここでAとBは、各原子対に関し実験より決められるパラメータである。rは原子間の距離
である。
EESの項は2原子間に働く静電相互作用エネルギーで次式で近似的に表わされる。
EES=qiqj/εr
qは各原子の中心における電荷で量子化学の手法(本システムではCNDO/2法)で求め
られる。 εは媒質の誘電率で、本システムでは3.5ε0(ε0:真空中の誘電率)を用いる。
EHBの項は、水素結合形成によるエネルギーで、次式を用いる。
EHB=−C/r6+D/r12+qiqj/εr
ここでCとDはパラメータでEVDWの場合の値とは異なる値[3]を用いる。
図2. XY平面上における分子の配置図
系の配置エネルギーは、図2に示すような番号を分子に付けた場合、次に示す10対の分
子間相互エネルギーの和として求める。
(1−−−2),(1−−−5),(1−−−7),(1−−−11),(2−−−5),
(2−−−7),(2−−−11),(2−−−6),(2−−−8),(2−−−12)
2)計算手順とプログラム
本モデルの計算は、変数が多いので2段階に分けて行う。まず第1段階は、A分子とB分
子の相対配置に関する計算で、図3に示すように分子間距離(R),AB両分子のZ軸の周り
の回転角(ψ1,ψ2) ,分子内の炭素鎖の膜面に対する傾き(φ)の4つの変数で配置が決めら
れる。
図3.A分子とB分子の
相対配置図
第2段階は第1段階で決められた
AB両分子の相対配置を固定した状態で図2のような膜モデルを作成する。この場合は、ユ
ニットセルの大きさ(a,b)とB分子のセル中の位置(θ)の3つの変数で全体の配置が決
められる。プログラムは UNIXシステム上の Fortran77 とC(グラフィックス部分)言
語を用いて作成した。グラフィックス表示は X-Windowシステム(Xlib のみ)を用いた。
第1段階の計算ではφを0°とし計算を行った。これは結晶構造解析のデータで、鎖の方向
が膜面にほぼ垂直であることから仮定した。この結果安定配置の一つとして(R= 7.1 Å、
ψ1= 220°、ψ2= 230°)という値が得られた。
この値を用いて第2段階の計算を行った結果が図5である。この図では、a=7.0Å、b
=9.5Åの所がエネルギーの極小点となった。X線解析データによると、結晶系は単斜晶形、
単位格子中の分子数は4個、2重層面と平行な面の単位格子の大きさはa=7.77Å、b=
9.95Å である。
図5.DLPEモデルのセルの
大きさと配置エネルギーの
関係図
(エネルギーの単位:kcal/mol)
図6は図5から得られた極小構造を、膜面に
垂直な方向から見た状態を表示したものである。
この図から脂質分子がきれいに隙間なく配列して膜構造を作っていることが示されている。
図6.DLPE分子の膜モデル構造図
HyperChem (Hypercube社)による表示
2)GalCerの構造
GalCerの場合は、A分子とB分子複合体の原子座標が報告されている[8]のでそれを
そのまま用いた。水素原子の座標および電荷はMMHSシステムを用いて求めた。したがっ
て第2段階の計算のみを行った。
図7.GalCerの分子構造図
図8にセルの大きさ(a,b)と配置エネルギーの関係を示すエネルギー地図を示す。この
図では、a=11.5Å、b=9.5Åの所がエネルギーの極小点となった。X線解析データに
よると、2重層面と平行な面の単位格子の大きさはa=11.20Å、b=9.26Å である。
図8.GalCerモデルのセルの大きさと配置エネルギーの関係図
(エネルギーの単位:kcal/mol)
図9は得られた極小構造を、膜面の少し斜め上から見た状態を表示したもので、アシル鎖が
膜面に対し49°傾き、頭部がうまく詰め込まれている状況が示されている。
図9. GalCer分子の膜モデル構造図
HyperChem (Hypercube社)による表示
以上2例であるが、膜分子の立体構造をもとに結晶構造を推定することができた。結晶構造 は分子動力学計算などの初期構造として使われる。結晶になりにくい脂質(とくに不飽和鎖 を含む分子)の場合でもこのプログラムを使用すれば結晶構造を推定できるので、初期構造 を得ることができる。