分子の電子図鑑の研究開発-基本有機化合物編-

獅々堀 彊*、 倉橋 研吾

   
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1. はじめに

 化学の学習では,物質を構成する分子の構造や性質についての理解が重要である。通常,分子の構造は教科書や黒板などの平面上に構造式や擬三次元構造式を用いて表現されることが多い。しかしながら,化学の初学者にとって平面に描かれた構造式から分子の立体的な構造を理解することは容易でない。また,分子モデルを用いる場合,多種類の分子について準備することは時間や経費の点で困難である。近年,パソコンを用いて分子モデリング[17]や分子グラフィックス[8]が行われており,これらの手法を教育に利用すれば,学習者の分子構造についての理解を深めることができると考えられる。しかし,これらのソフト[18]は,そのままでは初学者には操作が複雑で,描画に時間を要する。また,分子モデルが描かれるだけでなく,分子モデルと構造式との立体的な関係,分子の性質,製法,反応,用途などを同時に学ぶことができれば,さらに学習効果が上がるものと考えられる。そこで,初学者が容易に分子の構造と性質を同時に学習できるように,分子モデルの画像を中心とした,いわば‘分子の図鑑’といった内容のソフトを作成したので報告する。

2. 使用装置および言語 

 コンピュータ:NEC PC-9801 RA21,ステレオ眼鏡およびインタフェース[9],言語:N88Basic (MS-DOS版)。
 

3. プログラムの機能および使用法

 このプログラムは,有機化合物の名称を表示した画面から希望する化合物を選択することにより,その化合物の構造式や分子モデルのグラフィックとともに,性状,物性値,製造法,反応性,用途,生物活性などの基本的な情報を表示させるものである。ここに収録されている化合物は,日本化学会 化学教育誌編集委員会の編集による「高等学校 基本化学物質」[10] において,第一および第二水準に分類されている有機化合物の中の120種である。
 このプログラムでは,球棒モデルと空間充填モデルの表示の切り換えやステレオ表示などを頻繁に行うため,画像の表示速度を高める必要がある。このための方法として,このソフトでは画像を予め描画・収録しておく方法をとった。MOLDA5[2] でモデリングした座標データを用い,MODRAST-E[8] で描画させ,圧縮・記録[11]しておき,必要に応じてソフト的に伸張[11] して表示させている。画像データは,RGBベタファイルの約10~15%に圧縮され,PC-9801m2のような処理速度が遅いパソコンでも約1秒で伸張・表示できた。この方法によって表示モデルの迅速な切り替えが可能になった。また,このソフトでは,ステレオ眼鏡[9]をインタフェースを介して接続すれば,棒球モデルおよび空間充填モデルのステレオ視が可能である。ステレオ視は,左右の目の視差に対応して,Y軸で6°回転させた2画面の分子グラフィックを予め作成・保存しておき,これらをパソコンが備えている二つのグラフィック画面に交互に表示させている。
 プログラムを起動すると,収録されている120種の化合物を50音順に示した画面(図1)が表示される。


図1. 化合物を選択するための画面

 この画面(図1)においてカーソル(↑,↓)の移動とリターンキーによって表示したい化合物を選択すると,化合物名,分子式,分子量,構造式(または簡略化構造式),球棒モデルなどが表示される(図2)。 ついで,ファンクションキー(f1~f10)によって,次のように化合物の特徴的な性質を表示させたり,表示モデルを変更することができる。
f1 物性は化合物の性状および物性値(融点,沸点,比重,屈折率,溶媒への可溶性,溶解度など)[12,13]を示す。 f2 製法は工業的あるいは実験室における製法や天然物などからの由来を簡単に示す。 f3 反応は,この化合物の代表的な反応を示す。 f4 用途は,生活,医療,工業などにおける利用を簡単に示す。 f5 生物はこの化合物の毒性,生物活性,環境への影響などの情報[12,13]を示す。 f6 モデルは表示モデルの切り換え機能をもち,押す度に球棒モデルと空間充填モデルが切り換わる。 f7 立体視は表示されている分子モデルをステレオ表示にする。ただし,ステレオ画像を見るためにはステレオ眼鏡とインタフェース[10] が必要である。ステレオ表示から通常の画面にもどるときは, ESCキーを押す。 f8 関連は,この化合物に関連する化合物名を表示する。 f9 その他は,f1~f5によって表示できなかった事項を示す。 f10 終了を押すと,この化合物についての表示を終了し,次の化合物の選択画面(図1)にもどる。


図2. アセトンの分子モデル(棒球型),構造式,物性値などの表示
          (アセトンを選択し,ついで キーを押したとき)

   また,図3はポリ(エチレンテレフタレート)を表示させ,キーを押したときの画面である。


図3. ポリ(エチレンテレフタレート) の分子モデル,構造式,製法の表示例

4.結び

 このソフトウェアは分子グラフィックを多用して作成されており,化学の初学者でも有機分子の立体構造を親しみやすく視覚的に理解することができ,同時に分子がもっている種々の性質や製法,用途などを手軽に知ることができるようになった。またプログラム開発において,操作の簡易化と表示の迅速性を重視して,予め画像を圧縮・保存しておき,必要時に伸張・表示する手法を用いた。これにより,教育の場で用いられることが多い,処理速度の遅いパソコンでも表示モデルの変更やステレオ表示が迅速にできた。

謝辞

 画像伸張プログラムをこのソフトウェアへ組み込むことを快くお許しくださった岡山大学の藤尾耕三先生に深謝する。また,本プログラムの開発の一部は,平成5年度 文部省科学研究費 No.05680180 によって行われた。記して感謝する。

  参考文献

1) 山本米夫:分子の組み立て,講談社�;24]C(L(8�(1984).
2) 小川桂一郎,吉田弘,鈴木弘:パソコンによる分子のモデリングと分子力場計算入門,�;24]=J3=�(1986). 
3) 時田澄男:現代化学,No.201,27(1987).
4) 阿部昭吉:化学PC研究会会報,9(2),29(1987).
5) 中野英彦,段畑英幸,金子正雄,三軒 斉:化学PC研究会会報,9(3),3(1987).
6) 木原 寛,向井邦彦,中野英彦:化学PC研究会会報,9(3),33(1987).
7) Yoshirou Nakata:化学PC研究会会報,10(2),35(1988).
8) 中野英彦:分子グラフィックス,�;24]=J3=�,(1987).
9) 付属装置として ‘Real Vision’(㈱システム製)を使用した.
10) 日本化学会化学教育誌編集委員会編:化学と教育,34(6)付録(1986).
11) 藤尾耕三:The Basic, 24(5),74(1985).
12) 大木道則,大沢利昭,田中元治,千原秀昭編:化学大辞典,東京化学同人,(1989).
13) S. Budavari ed.:The Merck Index,Merck Co. Inc.,(1989).
   注: このソフトウェアは化学ソフトウェア学会の無償利用ソフトウェアに登録されている。

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