化学レポート:現状と将来
東京大学大学院工学系研究科 山下 晃一
(2008年6月15日 会告Vol.7, No.2)
日本化学会では平成18年度からディビジョン制度を発足し、21のディビジョンを設定しています。従来の支部を中心とした活動に加え、学問分野、専門分野間の連携に重点を置く制度です。その最初の活動として「化学レポート」の作成がありました。各分野の研究最前線や課題、あるいは将来予測などをまとめ、できれば専門家集団としての科学技術政策提言に結び付けばとの目的です。小生も理論化学・情報化学・計算化学ディビジョンのまとめを担当しましたが、レポート執筆をお願いした多くの方々が日本コンピュータ化学会にも所属されておられますので、この場をお借りしてお礼を申し上げます。化学レポートは現在部分公開されておりますので是非ご覧下さい(http://division.csj.jp/)。またレポート全体の要約版を日本語、英語で出版すべく最終段階であります。
特に今後の研究方向を考える観点からも、研究分野の将来予測と方向性は参考になります。将来予測に関しては、約15年前に「化学と工業」で「144人の化学者が予測する情報化学の未来とその重要度:情報化学における21世紀の重要テーマ上位5位」とした記事があり、以下の予測がなされていました。
2010~2025年:溶液、固相中を問わず、非経験的反応実験のコンピュータシミュレーションがリアルタイムでできるようになる。
2000~2010年:分子間相互作用のシミュレーションがリアルタイムでできるようになる。1996~2003年:物質の構造からスペクトルの予測ができるようになる。 1999~2004年:有機合成知識の体系化により、コンピュータで最適経路の設計ができる。
1998~2010年:現在のスーパーコンピュータの能力プラス3次元グラフィク機能をもつパソコンが普及する。
この15年間の理論計算手法やコンピュータ技術の著しい進歩により、上記の予測は既に現在ほぼ実現しているとも考えられます。それでは現在の研究者は5年後、10年後について「化学レポート」でどのような将来予測をしているのでしょうか。各研究者がそれぞれの研究分野でかなり具体的な予測をしていて興味深いですが、多くの研究者が5年後にはナノサイズ(数百原子系)の基底状態、励起状態の高精度電子状態計算、古典・半古典・量子を組み合わせた混合法による実時間シミュレーション、10年後には量子化学、分子動力学法、流体力学を統合したマルチスケールシミュレーションによる材料開発や蛋白質設計、触媒設計と物性推算が実現しているのではないかと予測しています。文科省が中心となり次世代スパコン導入の計画もあり、5年後、10年後に「化学レポート」でなされた将来予測を検証するのが楽しみです。