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生体巨大分子の電子状態計算の現状と展望

徳島大学 中馬 寛

(2007年9月15日 会告Vol.6, No.3-4)

タンパク質やDNAのような生体巨大分子に対する電子状態計算の高精度化と大規模化の近年の進展により、従来には得ることが困難であった電子レベルでの生体分子の作用発現メカニズムの解明が照準に入りつつある。生体巨大分子の電子状態計算は分子の電子状態理論に関する基礎研究分野の枠を超えて、他の周辺研究分野においてもその重要性が認識され、創薬やナノテクノロジー等の分野でその応用展開がすでに行われつつある。本特集号は、このような状況を鑑みて企画されたが、幸いにして多くの寄稿が得られ、この場を借りて著者の皆様に感謝の意を表する次第である。

今から数年前のある研究助成申請書の中に、『ユーザの「夢」、例えば、非経験的分子軌道法を用いた生体巨大分子、~100 残基からなるタンパク質の電子状態を1日で計算』との記載を思い出すが、まさにこの「夢」は現実になり、さらには、「夢」以上の高精度かつ大規模な計算が現実に可能になっている。これらは本特集号の著者らを含む本分野のパイオニアの尽力によるものであることは言うまでもない。今から20年ほど前になるが、コロンビア大学のW. C. Still教授が来日した際、彼が、『One of areas of research which will be of importance in the future and which is sadly neglected in Japan is computational chemistry』という一文を残した記憶がある。しかしながら、現在の生体巨大分子の電子状態計算の研究は今までにはない局面を迎えている。上記の二つの「昔話」は、我々を取り巻く状況が急速に変わり、computational/theoretical chemistryの新たな時代に入っていることをあらためて実感させる。

ここ数年間の動向として生体巨大分子の電子状態計算を含めた各種の分子科学計算法が周辺の関連分野の研究者に普及しつつあることも注目すべきである。科学史において、問題志向型基礎研究と目標志向型応用研究の間の「相互作用」がタイムリーに噛み合ったとき、急速な発展と新たな展開が見られることがしばしばあるが、このような状況は本分野の現状と今後の展望に対応すると考えられる。すなわち、前者は我が国の分子の電子状態理論に関する基礎研究の成果の蓄積であり、後者はその創薬等への今後の応用展開であり、両者の密接な連携による本分野と周辺関連分野のさらなる発展と新たな展開である。

現在、次世代スーパーコンピュータ・システムは、文部科学省が推進する「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクト(次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト)の一環として、世界最高性能の達成を目指して開発を進められている。このような状況の中で、生体巨大分子の電子状態計算は生体現象の電子レベルでの理解を深化させ、また創薬やナノテクノロジー等の応用分野における不可欠な研究方法の一つになることが予想される。

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