コンピュータおたく研究者
東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻 河村 雄行
(2004年3月15日 会告Vol.3, No.1)
1人の研究者を紹介しよう。分子シミュレーションのみが専門と思われているらしく、時々、「えっ!実験もするのですか?」といわれることがあるそうである。学部学生時代から現在までほぼずっと実験を続けており、むしろ実験の方が好きだと言っている。フィルムとカメラを用いたX線回折実験(BraggがX線実験を行ったマンチェスター大学地質学教室(物理学教室の隣の建物)X線実験室でプリセッションカメラの使い方を英国人に教えたことがあるなどと言っている)、数100℃、2000気圧程度までの水熱反応実験(旋盤を使って高温高圧容器を作ったらしい)、1万気圧2000℃までのガス圧内熱式高圧実験、高温高圧溶融体の放射光X線回折実験、1000℃程度の高温電気化学測定(種々のボルタンメトリー、インピーダンス測定など)、赤外や可視紫外の分光測定、高温伝導熱型微少熱量測定、種々の物理化学的条件下でのその場X線回折実験などを行ってきたそうである。彼はこれらの実験研究のほとんどにおいて、実験装置を工作したり、計測解析システムを製作したりしたと言っている。
今では実験機器にコンピュータが組み込まれているのは当たり前である。そこで彼が1990年以前までに構築した計測解析システムのいくつかを挙げてみよう。中には25年ほど前に行ったものもあるらしい。
古いX線装置のペンレコーダーをやめて、コンピュータにADコンバータ回路を加えて、角度マーカーと散乱強度カウントをコンピュータに直接入力できるようにした。 パソコンにPIO(プログラマブル・デジタル・IO)を入れて、逐次変換型ADコンバータを直結し、BASICと機械語でプログラミングし、数キロHz程度の信号を精度(12ビット)良く測定できるようにした。 パソコンに高速ADコンバータとDAコンバータを入れて、機械語でプログラムし、100 kHz程度の電圧と電流の信号を読む、複素インピーダンスメーターを作成した。 高価な良い計測器を購入する予算がないから仕方なく自作したと言っているが、どうも進んでそうしたかったから作ったと思われるふしがある。 彼が大学に入ろうとするとき、当初コンピュータをやりたいと思ったらしいが(当時はまだ情報科学科・情報工学科はまだなかった。NHK教育でコンピュータ講座がちょうどはじまったときである)、大学浪人した時にコンピュータを使って自然科学を研究したいと思い志望学科を変えたと言っている。まだマイコンがまだほとんどなかった時に、友人たちと、トランジスタを数千個用いて255までの演算ができるワイヤードプログラミングの"コンピュータ"を作ったそうな。本当にちゃんと動作したのだろうか。そして石田晴久先生による最初のマイコンの講義の受講の選にもれた時、「自分でやったる」と考えたらしい。その結果の一部が上に記されているものであろう。 現在も、研究費がそれほど不足しているとは思えないのにもかかわらず、新しい実験を思いついたときはまず装置のスケッチを描いて、どの部品をどのように工作し、コンピュータがどこに使えるかを考えるという。かえって時間・費用(本人の人件費を含む)が高くついているのではないかとからかっているのだが。また相変わらずグラフ作成ソフトや表計算ソフトは使わず(使えず)、グラフを書くときはBASICでプログラムを作るらしい。そういえば論文を書くためのソフトを自作したとか(25年前)。分子シミュレーションや種々の解析などのプログラム作りにも決して数値計算ライブラリを使わないらしい。こんな時代遅れのコンピュータの使い方をしている彼の研究の効率は決して高くはないに違いない。まったく困ったものである。 計算化学はコンピュータの発達とともにこれからもますます発展するだろう。コンピュータを活用した実験機器もさらに高性能・高機能になっていくだろう。そのようなことともにコンピュータが両刃の刃となっていく様相もますます強くなってきている。コンピュータと人の能力・時間の使い方を考えるために彼を紹介した。反面教師であろう。 付け加えると、彼はあまり普通ではないX線回折実験を労働基準監督局に隠れてしなくても良いように、X線作業主任者の資格を取った(2004年2月)ようである。またコンピュータ支援の科学教育にも関心があるらしい。