インターネット情報の危うさ
京都工芸繊維大学工芸学部物質工学科 藤田 眞作
(2003年12月15日 会告Vol.2, No.4)
2年ほど前,本誌の前身であるJCPE Journalの巻頭言で,「ディジタル原稿の永続性」について述べた.その後のインターネットの発展により,「ディジタル原稿の永続性」という個人的な問題を超えて,「文化の継承」という視点を強く意識せざるを得ない状況になってきた.
学術情報は,従来,学術雑誌という冊子体によって流通してきた.もちろん,年ごとに開催される学会や討論会で発表する手段もあるが,最終的には査読制度の整った学術雑誌に掲載するという形で,学術情報を伝達してきた.さらには,これらの原情報を検索するための抄録誌が用意されている.このような伝達制度は,学会という科学者共同体の成立に応じて,形を整えてきており,伝達された学術情報の総和が,科学者共同体の文化を形づくっている.
科学者共同体の文化は,査読制度による「権威づけ」と「優先権の保障」,抄録作業を通じた「選別」によって,情報の質を保ってきたといえる.とくに,化学の分野では,元素や化合物という形で情報を整理することができ,しかも,整理された情報は,共通の知識として,その価値は未来永劫変わらない.質を保障された情報は,冊子体という物理的媒体により,実体として固定され,残される.文化とは,「ある時点で固定された情報」の累積である.この小文では,科学者共同体の「文化の継承」を,この文脈で考えることにしよう.
この数年のインターネットの普及は,ホームページを開設すれば,だれでも情報を発信できるという状況を作りだした.このことは,科学者共同体がおこなってきた「権威づけ・優先権保障・選別」の埒外にある情報が生まれ続ける結果となる.情報に関する一種の無政府状態が,インターネットにはつきまとう.情報の質をだれが保障するのか.
最近,オンライン雑誌という形態の学術誌が出現している.これは,査読制度による「権威づけ」と「優先権の保障」により,情報の質を保つという旧来の方法を踏襲している点で,冊子体の学術雑誌の精神を継承しているといえる.しかしながら,そのウェブ(Web)サイトは消える可能性があることに留意しなければならない.消えてしまえばおしまいで,存在したことの形跡さえなくなる.コピーが残ったとしても,同一性が保障できないかぎり(この保障ははかぎりなくむずかしい),もとの権威は回復できないだろう.これは,冊子体がどこかに残りうることや残った冊子体のそれぞれが同一性をもちうることに比べて,おおきな違いである.また,オンライン雑誌の投稿手段として,特定のソフトウェアが指定されることも問題である.現用のソフトウェアは不滅ではなく,作っている会社は倒産する可能性がある.
学術雑誌の体裁をなぞっているとはいえ,オンライン雑誌が,ある時点の情報を固定するといえるかというと,そうでもないことが少し考えればわかる.善意のシステム管理者といえども,操作の誤りによる変更のある可能性があり,ましてや,悪意のある第三者によれば,むずかしいかもしれないが,改竄が可能である.
では,どうすればよいのか.現実的な方向は,冊子体とウェブ文書(たとえばオンライン雑誌)の併用である.冊子体は,印刷された時点で情報を固定する役割をもち,文化の継承を保障する.ウェブ文書は,情報の取得や検索の利便を与える.結論は,きわめて平凡なものになってしまったが,インターネット上のウェブ文書にたよりきることの危険性をあらためて強調したい.