「境界領域」について考える
姫路工業大学大学院工学研究科 中野 英彦
(2003年6月15日 会告Vol.2, No.2)
JCPEと化学ソフトウェア学会が統合して、日本コンピュータ化学会が発足してから、間もなく1年半が経とうとしています。その間、2回の春季年会と1回の秋季年会が担当者の方々の努力によって滞りなく開催され、年1巻4号の会報も、第2巻第2号の本号まで、ほぼ順調に発行されており、新学会の運営が軌道に乗ってきたことを示しています。会員数においても、旧2団体の間で共通する会員がかなりおられたので、単純に両団体の会員数の和にはならないかもしれませんが、私が密かに危惧していたような、移行に際して急激な会員数の減少は避けられたと判断され、ひとまず安堵しています。
私が上記のような危惧を抱いていた理由の一つは、これも私が役員のはしくれとして、運営の一端を担わせていただいている、近畿地方を活動の中心としている団体のコンピュータ化学部会の役員会において、近年の部会活動の停滞について議論を行った際の意見の中に、「化学におけるコンピュータの利用が珍しかった時代にはコンピュータ化学を標榜した部会への参加者が多かったが、それがむしろあたりまえになり、日常化した現在においては、かえってコンピュータ化学部会への参加の意義が認識されにくくなったのではないか」というのがあったからです。とりあえず上記の危惧は払拭されたように見えますが、将来的に「コンピュータ化学」の可能性について考えた私見(まとまりはありませんが)を述べさせていただき巻頭言とします。
「コンピュータ化学」が、ハードおよびソフトを含むコンピュータ科学と化学の間の境界領域であることには、異論がないと思われます。しかし、一言で境界領域といっても、必ずしも一様ではないことに気が付きます。たとえば、「生物化学」は「生物学」と「化学」の境界領域であったかもしれませんが、それが今日のように発展した場合には境界領域ではなくなり、むしろ中心的な領域の一つとなっています。しかし、「コンピュータ化学」の場合には、今後どの方向に発展してもそれが上記の「生物化学」と同様な意味で中心的な領域となることは考えにくいと思われます。つまり、「コンピュータ化学」の場合の境界というのは、「生物化学」における「生物学」と「化学」の間のような、どちらかといえば平面的な境界ではなく、「コンピュータ科学」を手段として「化学」を研究するという、どちらかといえば重層的な境界(言葉が適当かどうかは判りませんが、言おうとしている意味はご理解いただけるでしょうか)であるといえるのではないでしょうか。従って、上記のように、利用があたりまえになればかえってその意義がわかり難くなるというのも、あながち理由がないわけではないということができます。
しかし、これは化学におけるコンピュータ科学の利用の量的な拡大のみに着目した観点であり、その質的な発展を考慮すれば、境界領域としての「コンピュータ化学」の重要性が減ることはないと思います。つまり、「コンピュータ化学」は量的な発展によってそれが境界領域から主要領域に転化することはありえないが、しかし質的な発展を続けることによりいつまでも境界領域として発展し続けるというのが私のやや我田引水的な結論です。