2009年度表彰
日本コンピュータ化学会 2009年度 学会賞
【受賞者】
波田 雅彦 氏 首都大学東京 大学院理工学研究科 教授
【受賞理由】
波田雅彦氏は1987年に京都大学で工学博士号(主査は米沢貞次郎先生,指導教官は中辻博先生)を取得され,同年日立製作所中央研究所に就職されました.その後1990年7月に京都大学中辻研究室の助手になられ,1995年10月に同助教授となられました.2002年4月から東京都立大の教授として着任され,現在に至っています.
波田雅彦氏の業績は,物質と電磁波の相互作用に関する電子状態理論に関するもので,計算化学の視点から,分子物性の精密計算法を開発されています.特に化学者が使いやすい解析方法を導いて開発研究の基盤を支える化学理論の構築をサポートすることに研究の主眼を置かれています.研究の初期には金属酸化物表面における触媒反応に関する研究,Si化学,及びGe, Sn化学に関する研究,金属錯体の励起状態に関する研究などを通じ,固体触媒反応,重金属錯体,種々の励起分子の精密計算,励起状態ダイナミックスの研究を進めれれました.その後,重原子化合物のNMRスペクトルを精密に再現するために,スピン-軌道相互作用項を正確に考慮した新たな計算手法を開発しました.またCD,MCDスペクトルに関する研究も進められています.最近では,相対論的量子化学の理論・方法論の構築を進めており,重原子・超重原子を含む化合物の分子物性を化学的に十分な精度で計算する理論の開発に取り組んでおいでです.
波田氏はこれまでNMR理論・CD,MCDスペクトルに関する研究など一貫して物質と電磁波の関係について,ミクロな分子レベルで理論的に解析する研究を行ってきました.波田氏の開発した精密な理論的解析では,実験や観測を実施せずに,数式やコンピュータによる計算によって,物質の種々様々な性質を再現したり予測したりできます.そのため,波田氏の業績は計算化学の王道を行くものであり,計算化学が実験不可能である不安定な分子や未発見の新規物質の性質を予測することに力を発揮することを広く示しています.
さらに波田氏は,計算化学の分野において広範囲に利用されているGaussianシリーズの開発に協力しています.Gaussianシリーズは非常に汎用性が高く,約9割以上の化学者に愛用される最強の分子計算ソフトとして,量子的化学原理解明の実現をサポートしています.
以上のような波田氏の計算化学に対する貢献に対し「日本コンピュータ化学会」は,ここに波田雅彦氏を本会の学会賞の受賞者とすることに決定致しました.
(文責:会長 細矢治夫)
日本コンピュータ化学会 2009年度 吉田賞(論文賞)
【受賞論文】
C60結晶中における分子配向遷移に関する理論的解析
北 幸海*, 小関 準, 岡田 勇
1) 横浜市立大学 量子化学研究室
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 9, No. 1, 55-60 (2010).
【受賞理由】
著者等はC60分子の結晶中における方位特性を定量的に正しく記述できる新しい分子間相互作用モデルの開発を行い,それを用いてC60分子の結晶中における回転特性,特に安定/準安定方位間の分子配向遷移(回転ジャンプ)間の相関関係を明らかにするため,定温・定圧の分子動力学シミュレーションを実行した.この結果,構造相転移温度近傍(方位規則相)において観測された回転ジャンプの解析から,隣接するC60分子は互いに歯車のように“噛み合い”ながら回転ジャンプをしている事が示唆された.さらに第2近接分子以降においては,歯車運動とは異なる相関を見いだし,C60分子の回転ジャンプは3 Å/ps 程度の速度で,周辺分子へ伝搬している可能性が示唆された.
本論文では,これまで明らかになっていなかったC60分子の結晶中における回転運動の詳細を報告しており,特に回転ジャンプ間の動的な相関として2種類の伝播機構の存在を,計算機化学の立場から明らかにしたものである.
また著者らは方法の開発,あわせてプログラム開発を行って質の高い結果を報告している.本論文はコンピュータ化学分野において質の高い内容を持つばかりではなく,計算機化学の発展に大きな希望を持たれていた故吉田 弘先生のご意志に添うものであるので,ここに一層の発展を期してこれを吉田賞論文として表彰する.
(文責:会長 細矢治夫)