2008年度表彰
日本コンピュータ化学会 2008年度 学会賞
【受賞者】
宮本 明 氏 東北大学 大学院理学研究科 教授
【受賞理由】
宮本明氏は,1975 年に東北大学大学院工学研究科化学工学専攻博士課程を修了し,同年名古屋大学工学部に助手として着任,1985 年に京都大学工学部助教授,1992 年に東北大学工学部教授に昇任した.また,東北大学における産学連携の拠点として設立された未来科学技術共同研究センターの教授に2002 年に配置換えとなり,コンピュータ化学を活用した産学連携を,現在に至るまで精力的に展開している.さらに,その成果が高く評価され,2008 年には東北大学初の卓越教授に選出された.
宮本明氏は20年以上にわたって精力的に展開した触媒に関する実験研究を背景に,京都大学においてコンピュータ化学を活用した触媒研究を開始,東北大学の教授に昇任してからは,半導体,エレクトロニクス,セラミックス,電池,トライボロジー,機械工学,バイオへと,コンピュータ化学の応用範囲を精力的に拡大した.1996年には世界に先駆けて,「コンビナトリアル計算化学」という新しいコンセプトを提唱し,従来実験的に行われてきた絨毯爆撃的な実験研究をコンピュータ化学に行わせることで,高速に材料開発を実現する方法論を確立した.さらに上記のコンビナトリアル計算化学を基に,自動車,半導体,化学,電力,家電,機械など多様な企業との産学連携を推進し,その成果は200報以上の論文に加え,特許さらには実際の工業製品として結実した.このように,従来はコンピュータ化学が十分活用されていなかった日本企業において,コンピュータ化学を活用した材料開発の基礎を築いた.2002~2006年には,文部科学省科学技術振興調整費新興分野人材養成プログラム「日本再生のためのコンビナトリアル計算化学」の研究代表者として,企業におけるコンピュータ化学者の人材養成に尽力し,数多くの社会人博士を輩出した.
さらに2006年からは,量子分子動力学法,第一原理計算などのコンピュータ化学に,有限要素法などの機械工学的シミュレーションを融合した「マルチレベル計算化学」という新しいコンセプトにより,企業の現場で実際に問題となっているマクロ物性を原子・分子レベルで解明することを可能とし,企業が抱える現実的問題を数多く解決した.さらに最近では,「実験融合計算化学」という新しいコンセプトを提唱し,X線回折,中性子線回折,広域X線吸収微細構造解析などの機器分析シミュレーションと量子分子動力学法,第一原理計算などのコンピュータ化学を融合することで,仮想的なモデルではなく,企業の現場で実際に使用されている「本物モデル」を用いたコンピュータ化学を実現した.宮本氏のもとには,氏の抱く新しいコンピュータ化学の展開に共感した多くの研究者が結集し,現在宮本研究室は200名を越える世界最大規模の研究室として,コンピュータ化学による産学連携を加速度的に発展させている.
また宮本氏は,本学会の前身の一つである「日本化学プログラム交換機構」の時代から本学会に所属し,現在に至るまで年会において毎年多数の研究発表を行い,本学会誌にも多くの原著論文を発表している.また,2002年から2004年には本学会の理事を務めた.「日本コンピュータ化学会」は,宮本明氏の以上の実績を高く評価し,氏を本学会の学会賞の受賞者とすることに決定致しました.
(文責:会長 細矢治夫)
日本コンピュータ化学会 2008年度 吉田賞(論文賞)
【受賞論文】
分割統治(DC)電子状態計算プログラムのGAMESSへの実装
小林 正人1,2, 赤間 知子1, 中井 浩巳1,*
1) 早稲田大学 先進理工学部 化学・生命化学科 2) 分子科学研究所 理論・計算分子科学研究領域
J. Comput. Chem. Jpn., Vol. 8, No. 1, 1-12 (2009).
【受賞理由】
線形コストスケーリング電子状態計算法のひとつである分割統治(DC)法は,これまで主にHartree-Fock (HF)交換項を含まない密度汎関数理論(DFT)や半経験的な分子軌道計算に適用されてきたが,著者らは,DC 法をHF計算やハイブリッドDFT 計算に拡張し,DC法が効率的で有用な方法であることを確認してきた.さらに,エネルギー密度解析(EDA)の考え方を利用して,DC-HF 計算で得られる部分系の軌道を用いた線形スケーリングポストHF 計算法を独自に開発し,MP2およびCCSD計算でこの方法が有用であることを示した.著者らは,これらの手法を量子化学計算プログラムGAMESS に実装し,広く公開してきた.
本論文では,これまでにGAMESS 上で開発を行ってきたDC 計算プログラムの実装と計算可能なプロパティについて紹介し,DC 計算の実行方法および計算結果について報告している.これは日本語で書かれたDC法のわかりやすい論文となっている.
線形コストスケーリング電子状態計算法であるDC法は大規模系の電子状態の計算に欠かすことのできない方法である.そのため,本システムは,計算機化学の発展に欠かすことのできないシステムということができる.本システムの開発はコンピュータ化学分野において質の高い内容を持つばかりではなく,計算機化学の発展に大きな希望を持たれていた故吉田 弘先生のご意志に添うものであるので,ここに一層の発展を期してこれを吉田賞論文として表彰する.
(文責:会長 細矢治夫)
日本コンピュータ化学会 2008年度 特別功労賞
【受賞者】
中村 恵子 氏 日本コンピュータ化学会 論文編集室 秘書
【受賞理由】
中村恵子氏は,1981 年茨城大学理学部化学科を卒業後,埼玉県内で中学校教諭として12 年間勤務した後退職,2001 年10 月25 日に埼玉大学に技術補佐員として勤務し,そこで化学ソフトウエア学会 (現 日本コンピュータ化学会)の学会誌編集にも関連するコンピュータ化学の技術的研究を担当されておられます.
本特別功労賞は,中村恵子氏が本学会の学術誌の編集,校正,印刷における種々の技術的な問題の解決に果たされた多大な功績に対するものであります.
中村恵子氏の本学会への貢献として特筆すべきは,2001年より化学ソフトウエア学会,2002年より日本コンピュータ化学会に関する上記の研究において尽力された点であります.2002年1月1日より日本化学プログラム交換機構 (JCPE) と化学ソフトウエア学会 (CSSJ) が合併して,新たに日本コンピュ-タ化学会 (SCCJ) が発足しました.化学ソフトウエア学会の学術誌 Journal of Chemical Software は,その World Wide Web での公開が他の学術誌に先んじていたために,編集にあたって種々の新しい問題を解決しなければなりませんでした.中村氏は,姫路工大(当時)の中野教授の指導のもと,これらを逐一解決されました.さらに,新しく発足した日本コンピュータ化学会の学術誌 Journal of Computer Chemistry, Japan に関しても,審査システムの確立,審査員・著者・校正担当者とのやりとりの効率化に関して研究され,長嶋事務局長,中野教授らを中心とする電子投稿システムの構築に際しても,貴重な提案を行っています.
このように,中村氏は,新学会立ち上げ以前の2001年から現在に至るまでの7年余りにわたり,学術誌の印刷出版に関する先駆的研究の礎を構築しました.このことは,その後学会誌が定期的に出版されているという実績にもおおいに影響を与えているものと思われます.これらのご尽力により日本コンピュータ化学会は,効率の良い広報活動が可能となり,世界に広く開かれた学会として高く評価され,日本のコンピュータ化学の地位向上へとつながっているものと解釈できます.
日本コンピュータ化学会は,ここに中村恵子氏を本会の特別功労賞の受賞者とすることに決定致しました.
(文責:会長 細矢治夫)